2009年03月14日

彼女の炎上と哀愁は

ddddddddddddddddddd.jpg

だって燃えてしまったんだもの あたし
あなたの好きな風景も時間も
焼け焦げてしまったの たちまちに
だから、あなたのお望みが
かなわぬかなしい事態なの
ちょっとはご理解いただける?

あたしだってビックリしてる
キャンプファイヤーのあの歌で
まさか本当に火がつくなんて
あたしが炎上するなんて

だから今夜の約束は
残念だけどまた今度
あたしのかわりをすぐそこの
煙草屋さんでお買いなさい
あたしじゃなくても
いいんでしょう?

いいわよ
結構慣れてるの
どこでも買えると思われてるの

実際あたしはそうなのよ
どこでもあなたに買われるの

それがあたしの売りなのよ


posted by 恩田ゆみ at 00:35| 東京 曇り | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月07日

透明杉職人の加賀谷さん

daba.jpg


昨日の夜中、雨粒アワーのころに車で東京を出発し、
本日は透明杉を材料に本棚と椅子を作っているお爺さんが住む、
とある山奥の村(関東近郊)に、本棚を二つと椅子を八脚、
注文しに来ています。

できたらうちのレストランで使うテーブルも作ってもらえたら
最高なんだけどな、と喫茶室「とろろ」の店長・小嶋さんが
さっきからそわそわガイドブックをめくっていますが、
透明杉でできたテーブルの上で「とろろ」特製のキッシュ・ロレーヌや
狐色に甘く焼きたてたアーモンドクリーム・パイが銀のお皿に盛られて
並ぶところは想像しただけでもお腹の虫が歌いだしそうになってしまいます。

職人のお爺さんは加賀谷さんとおっしゃる方だそうで、
今年の8月で134歳を迎えるかなりのご老体、
といっては失礼かもしれませんが、やはり人生の大先輩にして
人間国宝の透明杉職人なわけですから、小嶋さんも私も、
お会いする前からわなわなと緊張してしまうのは
いたしかたのないことなのです。

どういう経緯で今回、加賀谷さんを訪ねることになったかという
と、それはちょっと秘密なので言えません。
けれど、喫茶室「とろろ」の常連さんで、手品師の根本さんという方が
いらっしゃるのですが、その方がたまたま透明杉を芯に使ったマッチを
商売道具に持っていらして、小嶋さんがひょっとしてと思い声をかけた
のが今回のご紹介につながったとか。まあ、そういう噂も流れています。

私はふだんは「とろろ」でピアノの演奏をやったり、
常連さんから楽器の修理を引き受けたりして小嶋さんとも
仲良くさせてもらっていますが、今回同行したのはどちらかと言うと
お店のためというよりむしろ透明杉で何か楽器を作ってもらえない
だろうかという期待もあってのことなのです。
透明杉ですからできた楽器はもちろん透明ですし、ニスでつやを
出したとしても、透明なつやですからいやらしい感じにはならないでしょう。
何より、指先の動きだけで素晴らしい音楽を奏でているように
見えるなんて、透明杉で作られた楽器は、とても素敵な、
魔法みたいなものになるんじゃないかって、
とてもわくわくしているんです。

少し先に、加賀谷さんがお住まいになっているという透明峠が見えてきました。
このあたりでは透明杉とふつうの木々が混じっているので、
なんだか森全体が、緑色のガラスでできた彫刻みたいです。

小嶋さんの希望と私のちょっとした夢が、実現するといいのですが。
結果はまた報告しますね。
posted by 恩田ゆみ at 00:19| 東京 曇り | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月03日

お願い

asssssssssssss.jpg

お願いがあるのだとあなたは言って、
覚えていてほしいのだと彼女に生餃子を押し渡す。

彼女はまだ仕事中で、雪の散る商店街の黒く冷たい
墓石の道にその足が埋められているのです。
彼女の23センチの右足と23・5センチの左足は。

何を?覚えているべき?わたしは?とたずねる前に
彼女は生餃子の入ったプラスチックの容器を、
平べったい昆虫みたいな形のその透明な容器を、
ぐしゃりと濡れた地面に落として、あ
の形に口を開いて人形みたいに固まってしまう。
血が凍る彼女の指先にはポケットティッシュ、
あの素晴らしいあなたの伴侶、がビニルに包まれて
真四角く上品に抱かれている。
それはとくに彼女の大切なものではないのだけど、
ポケットティッシュは。けれど彼女は仕事として
それを配らなくてはならないのです。
見知らぬ人たちに。
だから、
彼女の仕事のすきまに生餃子を差し入れるなんて
非道はやめてあげてちょうだい。
そういうお願いをわたしがしたことを、
覚えていてほしいの。
あなたがいつも好きだという、生餃子をいまあげるから。
お願い。
posted by 恩田ゆみ at 23:10| 東京 霧 | TrackBack(0) | 言葉で輪切りにした世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月28日

フローチャートA

ひまわり.jpg

それは、いなくなり方、とでも言うべきものなのだろうか。
人がある場所から強固な意志をもって自らの姿を消してしまう、
そのやり口について、何か呼び名をつけるとすれば。

仮に、それをそう呼ぶのだとして、そう呼ぶのだとすれば、
わたしはもうずいぶんと長いあいだ、
彼女の「いなくなり方」について考えをめぐらせている。
そういうことになる。

彼女をこの世界の外側へ、あるいは内側へと押し出した
ものは、いったい何だったのだろうか。
ということについて、わたしは隅から隅までくまなく検証しよう
と、試みている。

わたしがそれを考えるときに、必ず頭に浮かぶのは
台所に立つ彼女の後ろ姿と、鍋に湯を沸かしながらはるさめが
と言いかけて途中で止めてしまったぽかんとした唇のかたちだ。

そうだった。
と、わたしは思い出す。
最後の夜は中華サラダを作るのだと彼女は言っていた。
中華サラダを作るために、いろいろと準備が必要なのだと。

何事もない一日だった。
とくに変わったことも起こらない。
ニュースは流れ、雲は走り、電車に乗れば人間ばかりが目についた。
だからというわけではないが、その日はあまりものを考えなかった。
と、記憶している。
その日は?
その日も、だ。
その日も、わたしはあまりものを考えなかった。

仕事を片付けて、20時すぎに家に帰ると部屋が寒かった。
台所で夕食を作っている彼女にそう言うと、
買い物から帰ったばかりなのだという返事が返ってきた。
食事ができるのを待つことにして、わたしはテレビをつけた。
閉め忘れたカーテンの隙間から、真っ黒な夜が見えていた。

発光するテレビの向こう側に、作業する彼女の姿が見えた。
献立のことを何か言っているのが聞こえたが、
テレビの音に食われて、そのまま溶けてしまった。

わたしが何も応えなくても、彼女がこちら側にやってきて
もう一度自分の言葉を繰り返すようなことはなかった。
わたしが応えようと、応えまいと、彼女は一人で何かを
考え、口にし、作業を続けていた。
その様子は、まるでもう一台のテレビが、ここにはいない
彼女の姿を映してわたしに見せているように見えた。

目を移すと、テレビがわたしに話しかけてきた。
話題は中華サラダだ。
きゅうりとハムを千切りにしておきます。
春雨は水で戻さなくても、フライパンで煮てしまいましょう。
時間と手間がはぶけてとても楽ちんですよ。
鶏がらスープの素を小さじ一杯忘れずに入れてください。
水気がなくなるまで炒め煮にしたら胡麻油を回しかけて
手順1の食材をしっかりと混ぜ込みます。
ねえ、どうしようはるさめがと彼女が言います。
はるさめが、と言いかけて途中で必ずやめてください。
酢を大さじ2さとう大さじ1しょうゆ大さじ2調味料は
しっかりと味をつけるように多めに入れるのがポイントです。
仕上げに煎りゴマをまぶしたら、すっかり彼女はいなくなっています。

ガスの火はついたままだった。
すっかり彼女はいなくなっていた。




posted by 恩田ゆみ at 00:55| 東京 曇り | TrackBack(0) | 羽石胡麻子のまだら模様 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月19日

・・・・

イト.jpg

そういうわけで、ブログの再開である。

この三ヶ月くらいはmixiで日々の記録をつづったりして
お茶を濁していたのだが、お茶は冷め、夏は去り、
ことしもあと残すところ6週間ばかり。

毎年のことだけれど、ことしもあと○日とか意識したとたんに
何かやり残したことがあるのではないかという臨終の気分にも
似た漠とした不安と焦りにどんよりと包まれる。

しかも、何をやり残したってそりゃあ、
ぜんぶがぜんぶやり残している。
やり残し名人かってくらいの、見事な残しっぷり。

今年こそはマーシャルアーツを習い始めようと思っていたし、
皮膚科に行って足の裏にできたタコを焼いてもらうつもりでもいた。
借金を完済したりとか、フライパンを買い換えたりとか、
赤ん坊が生まれた友人にお祝い送ったりとか。
立派な社会人になるべく頑張ったりとか。

ぜんぶできていない。

とりたてて強くもなっていなければ、健康でもない。
借金は増えないが減らないし、フライパンは買う前に人にもらった。
赤ん坊がまた生まれたのにお祝いを何もしていないし、
先週社長に「辞めてもいいですか」と退職を
打診してしまった。

だめだだめだ。

やり残すとか持ち越すとか、そもそもがそういう問題ではないのだ。
できるようになるまでやらねば、やったことにはならないのだ。

それでもふと、
2008年に自分の課題をこのまま残していけるのなら、
どんなにいいだろうか。
そう考えている自分がいる。

せめて消化できるものは今年のうちに片付けてしまいたい。

と、いうわけでブログの再開。2008冬。











posted by 恩田ゆみ at 00:47| 東京 晴れ | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月03日

ブログ店じまいのご挨拶

本ブログ店じまいのご挨拶です。

恩田ツアーの活動終了にともない、併走して参りました本ブログも
店じまいという形をとることにいたしました。

ご愛顧いただきました皆様には厚く御礼申し上げます。

もともとこのブログは、恩田ツアーの舞台作品の成り立ちを記録したり、
脚本と演出をやる上で自分自身が日々感じること、
創作上の思いつきなどを書きつけておくためのものでした。

そのため、ブログを始めた当初はネット上に公開しているとは言え、
あまり読み手を意識して書いていたわけではありません。

ですが、ブログを続けるうちに文章を書くのがとても楽しい作業になり、
また、ここ一年くらいは更新をするたびに沢山の方がブログに
アクセスしてくださるようになり、
そのことはとても嬉しく、背中を押されるようにして
今日までつらつらと虚実書き連ねて参りました。

たかがブログ、されどブログ。

ええと、だからといって別に特定の誰かのためにとか
楽しみに待っていてくださる方のために、などという殊勝な思いで
文章を書いていたわけではまったくなく、
ただただ自分が必要に迫られて書いていたわけなので、
何といいますかね。
そんなものでも読んでいただいて、
何がしかの印象を持っていただけたとしたなら、
それは非常に有難いことだという感謝の気持ちでおるわけです。
本当にありがとうございました。

話は少しそれます。

舞台作品というのは、まあものにもよりますが、
企画から上演まで準備をしていると
半年や一年は平気で過ぎていってしまいます。

その点、ブログで文章を書いてそれを「作品」と呼ぶことはとても便利です。
思いついたらパチパチと打ち込んで、ボタンをクリックすれば
すぐに人前に出すことができる。
舞台に比べたら、お金も時間もかかりません。
観てくださる方の負担も少ない。

そうは言っても、
会社の昼休みなんかに上司の目を盗んで急ぎ足で書く文章ですから、
作品だなんて言うとおこがましいかもしれません。
それでも自分にとっては、それぞれの回に
自分なりの世界観を盛り込んだり、
また、言葉(ブログではとくに文字で読まれる言葉ですね)という
アイテムの可能性をあっちに広げ、こっちに広げしてきたつもりで
いるわけで、
このブログというのは自分にとって、
それはもうエキサイティングな創作道場であったわけです。

はてさて。

だったら恩田ツアーという舞台活動をやめようが続けようが、
引き続きブログで文章を書いてそれを「作品」と呼んでおけばいいという気がしなくもないのですが、
でも果たしてそうした場合に、それらの文章が本当に「作品」なのかという言われると
ちょっと怪しいと思うわけです。

つまり、舞台表現を主に活動していたときは、
舞台で試せないこと、あるいは今すぐ形にしたいのに
金も時間もないって場合に文字情報に変換して発信し、
発信したものを「作品」と呼ぶことはかろうじてできたのかもしれません。
舞台表現の代替的手段として。

が、その主の活動がなくなった今、
ネット上に文章を公開してそれを「作品です」と言ってしまうことって、
表現活動をやる人間としてはとても危険だと思うのです。

(表現活動をやる人間、という言い方が曖昧で不明瞭あれば、
この世界のあり方を、自らの作品を通して思考しようと試みる人間、
と言い換えます。わかりにくくてすみません。)

なぜ危険かといえば理由は簡単で、
その「作品」をジャッジしてくれる相手がいなくなってしまうから。

その「作品」に金を払う人間がいなければ、
当然「ひどいもん見せられた金返せ」と言ってくれる輩も現れないわけで。
何かを表現してる感だけは味わえるけど、自分が「作品」だと思っているものが、
果たして本当にこの世界の真実にコミットしているかどうか、
いや、それ以前に自分の出してるものは鑑賞に堪えうるクオリティー
あるのかないのか、なんていう、そおいう大事なことについて全く指針がない状態になってしまうわけです。

ちなみに、
これだけ個人的な事情を長々と述べているので誤解はないかと思うのですが、
この文章は趣味でブログで日記とか詩を書いている人に対する批判とかではまったくないです。
単純に、自分の目指す表現においては、
このまま舞台をやっていた気分を引きずってこのブログで文章を書いてると、
「お風呂で鼻歌うたっていい気分」状態になるんじゃなかろうか
という危機感を感じているだけです。
あしからず。

さて、そんなわけでこのブログを店じまいとさせていただくわけですが、
舞台活動もやめて文章も書かず、何するんだろうコイツは、
と思われた方もいるかと思います。
そんなこと思う方はいないかとも思います。
どちらでもいいです。

私はちょっとやることが出来たので、まずそれをやります。
一生懸命やります。
で、もしそれが形になったら、
創作の軸となる活動ができたということで、
このブログを再開しようと思います。
とりあえず、そのときを楽しみに目の前のことをがんばります。

長文を読んでいただき、まことにありがとうございました。
それでは、また。
お元気でいてください。

恩田ゆみ
posted by 恩田ゆみ at 00:56| 東京 晴れ | TrackBack(0) | 世界の雛形とタイムマシーン制作講座 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月10日

影響源としての彼

seemore.jpg

夏太郎は、わたしのことを名前で呼ぶのが常である。

たまに気分で、「ゆみたろう」だの「ゆみきち」だのと
勝手気ままに呼び方を変えるので、こちらも「はいはい」
と適当に応じていたが、先日驚くべきことがあった。

夏太郎が、部屋の掃除をするわたしをつかまえて、
「ねえねえ、肉だるま」
と呼びかけてきたのだ。

28年間生きてきて、「だるま」呼ばわりされたのも初めての経験だが、
まさかその冠に「肉」までつけられるとは。

あまりの事に言葉を失っていると、夏太郎は嬉々として言うのだ。

「そろそろ昼ごはんにしようよ、肉だるま」

とっさにリアクションがとれず、わたしは固まるばかりである。
その反応が面白くて仕方ないのか、
夏太郎はしつこく「肉だるま」を連呼する。

当然のことながら、わたしは「だるま」ではないし、
まして「肉だるま」というのは肉でできた「だるま」のことであろう。
その名前から、何かあまり麗しくない物体を連想させられる。
そして、そんなものと自分とが一緒くたにされるのは心外極まりない。

あまりに腹が立ったので、減量して骨と皮だけの、
だるま的フォルムと真逆の方向に肉体改造しようか、
という考えが頭をよぎった。
しかし、
「ねえ、ジャコメッティ」
と嬉しそうにやってくる夏太郎の未来像がそれを打ち消した。

とはいっても、その「だるま」事件をきっかけに、
体を鍛えたくなったので一日千回ずつ腹筋をすることにした。

すると、そんなわたしを面白がって、
仰向けで腹を震わせているわたしのそばにやってくると
夏太郎は暗黒舞踏のような奇妙な踊りを始める。

人が真剣に反復運動している横でそのおかしな動きを見せつけられると、
笑いがこみあげてきて、腹筋どころではなくなってしまう。
もうどうでもよくなって、夏太郎にその踊りは何かと聞けば、
「踊りではなく、これはエリマキトカゲ」
彼は得意気に答える。

一体何がしたいのか。
なぜエリマキトカゲの物真似をわたしに見せるのか。

考えるのも邪魔くさい。




posted by 恩田ゆみ at 00:58| 東京 霧 | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月05日

そしてそしてそして、その模様

kaii.jpg

あらゆることには原因が根を張り、
あらゆることの先々には結果の果実がぶらさがっているわけだが、
その間をつなぐ幹の部分、枝葉の部分というのを生きるのに
精一杯なので日常は、重たく揺れる熟した実を大地に向かって
引きつける見えない力のことなどまるで思いもせずに人は、
季節の終わりや移ろう様に心奪われ、
奪われる以上にまた何かを恵まれて人は、
やって来る別の季節を生き、生きてゆけるのだろうか。

たとえば輪廻というものがあるとして、
その輪をつなぐものは、そして、そして、そして。
そして人は死に、そして人は生まれ、そして人は生きる。
そしてという橋がかかり、ここはむこうに。いまはいつかに。
転がってゆく転がってゆく生と死とその間の形なきものたち。
回り続けることではじめて、意味をなすその美しき模様。
けれど、ひとつひとつの瞬間を切り取ればそれは、
ときに哀しく、ときに切なく、ときに幸福で、得がたい、
わたしには作られぬ何かであることには間違いない。

どこに根が伸び、どこに実をつけているのか
見当すらつかない長い長い永遠のような直線上のある一地点。
短く目印を刻みながらほんの少しだけその直線の一部を知って、
自分もやがて「そして」にたどり着く日がやってくる。

そしてそしてそして。

その先に、そしての先に続ける言葉を
そしてわたしは誰かに託すのだろう。






posted by 恩田ゆみ at 23:52| 東京 霧 | TrackBack(0) | 心中 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月29日

夏の仕組みに解説を。

baan.jpg

灼熱といえばそうであるし、
メダルを真似て太陽は、
ビカビカと光を放ち打ち大気の動きを封ず。
一歩おそとに出ますれば、熱気のゼリーが隙間なく立ち込めて
その蒸した空気の小柱に窒息覚悟で分け入らずには進めない。

まあ平たく言えば、
水と麦茶がいくらでもおいしく飲めてしまう。
それが、サマーだ。

そんな中、
夏太郎の母上に誘われて、夏太郎と三人で寄席にいって来た。

赴いた地は、人力車の行き交う街・浅草。

4時間半の長丁場、
ギター片手にこの道何十年の79歳の漫談に拍手拍手の同世代。
総入れ歯。年金生活。部分カツラ。アニマルプリント。
なんだかちょっともうついていけない世界も垣間見つつ、
その中でも言葉選びのセンスがいい芸人さんとか
手堅くもっていく噺家さんに出会えて至福。

演芸場をあとに浅草を歩きながら、
街によって似合う季節が違うわい、そして浅草は夏!なんて話をしつつ、
母上に熱々サクサクの揚げ饅頭を買ってもらいモグモグするそばから、
もう濡れ煎餅も人形焼きも雷おこしも、
仲見世通りの見るもの見るものすべて口に入れたい困った食い道楽よ。

少し風も出てしかし尚も蒸す蒸す化粧もはげかけた東アジア。
とくれば、高円寺のタイ屋台料理の店で晩餐にするしかない。
夏太郎と連れ立って、勤め人はまだ会社の夕方5時。
新宿から電車で10分の東南アジア。
近い近い。

それというのも、タイ料理。

食卓に炊きたてご飯という世間一般にありふれた組み合わせも、
季節がかわれば別のお話。
この酷暑をプラスしたほかほかご飯ちゅうのは方程式にすると、
サウナでグラタン的な「熱+熱」の掛け合わせに等しく、
もう「あっつあつ」の先にいかなる出口も見えないというか、
「おっと、ほかのものはなかったのか」的なやり切れなさ、割り切れなさ、
可能だけど気持ち的にはけっこう不可能ジーザスと
胸の前で十字架を切っては神に祈る連立方程式の解なし的日々であり、
だからといって、真夏の白い女神・そうめんも続くと
確実に飽きて、たん白質不足で筋肉胃腸が弱りそうなので、
タイ料理はじめアジア・エスニック系に手を出さんとする
そんな我が家のキッチンである。

とはいえとはいえ、
食材と調味料を仕入れて自宅でもタイ料理は可能だが、
やはり一番のスパイスは屋台の雰囲気なわけで、
せっかくだったら外食したいよとまた食い気がスケベ心を出すわけで、
海老は舞い、パパイヤが歌う、米文化圏がいざなう優しい宴。
まんまと胃袋を膨らませ、各方面において満足した次第である。

ところが店を出て、電車に乗って帰ろうぜという駅のホームで
なぜか夏太郎と喧嘩になり、行方をくらまそうと改札を出るも失敗。
過呼吸に倒れ、コンビ二のレジ袋で対処するのは10年前から今も変わらず。
自らの酒好きと悪酔いマジックを呪いながら、帰途につくという
そんなつまらないオチなのであった。



posted by 恩田ゆみ at 02:38| 東京 晴れ | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月16日

無力無善寺から、さようなら。

33.jpg

7月14日、
高円寺無力無善寺の「猫道節」にて、
去年、同会場の朗読イベントで上演した「幽体離脱の父」をリメイクし、
15分バージョンにした「幽体離脱の父、その娘」という作品を上演。


本番前夜はそれなりに、
リハーサルを近所のカラオケボックスで
敢行したりもしたのだが。

外が暑くて2分でバテるし、
玄関前に巨大なガマガエルが登場して進路を塞いでいるために
靴を持って窓から出入りしたりと空き巣まがいの行動に出たりして
まあ家に帰ってきたらあっさりと誘惑に負けて夏太郎と焼酎飲むし、
高校時代にジャンヌ・ダルクを熱く語りながら弁当を食べた旧友の
タルイナオコが、沖縄でカリスマ・バックパッカーと恋に落ちて、
でも年の差がうふふと電話口で悩ましく告白しはじめるしで
もう早く一人パフォーマンスなんてマゾっ気全開のお仕事は
早よう早よう終わってたもれという心境で
洗顔洗歯のユニットバスなのであった。

連日ひとりでお稽古に励むも
煮詰まって夜中にラーメンズのDVD観たりして、
内容は死ぬほど面白くてヒイヒイ笑えるくせに、
もう才能の結晶みたいな小林賢太郎の存在に
励まされるどころか逆に激しく落ち込んで、
よかったこの人たちを目指さなくて、とか同じフィールドにいない
幸運みたいなものを後ろ向きに噛みしめる。

ラーメンズは、
発想も構成も演出も芝居も何もかもが完璧なくせに、
完璧臭さを感じさせない絶妙な手加減とか
愛されやすいところまで客の目線にちゃんと降りてきてる感じとか
んとに、なんかもう行き届きすぎていて憎たらしい。
なのにまんまと離れられない。
ああもういやだいやだ。面白すぎて練られすぎてて。
そしてそれが見事に気持ちよく刺さって。

最近、椎名林檎がデビュー10周年とかでアルバムを出したけど、
彼の人のごとき圧倒的な才能を目にするたびに、
畏怖と敬意を抱くと同時に
絶対的な覚悟を見せつけられているようで
何だか。
自己顕示欲と引っ込み思案がないまぜになった
中途半端な表現欲に突き動かされ、○も×も裸眼で視力検査、
曖昧に漂っていられる温い場所で「活動」している
自分の現在が非常に気持ち悪く所在なく、けれどそれは
やはりその現在地点わたしの座標がそのまま自分のレベルというか
身の丈とでもいうべきものである事実は引き受けなければ
ならないのだと思いつつも、
いろいろ考えて整理整頓したほうがいいのかどうなのか
たぶんどっちでもいいのだとは思いつつも。

「猫道節」のイベント主催者の猫道氏が、
イベントの終わりの挨拶の際にお芝居を辞めて、
ソロ・パフォーマンスにシフトしていく宣言をなさって、
聞けば何でも芝居を始めて10周年だそうで。

まあ10年も続けて打ち込んできたことならば
辞める宣言もまた一興、箔もついて素敵なのだけれど、
わたしなどのようにまだ素人ずっぽしペーペーだろって
浅いレベルであっさり嫌気が差して足を洗う気でいるのは
ただの臆病か飽き性か、気まぐれでしかないのですがまあ
宣言するほどの積み重ねはないながらも、
やはり自分が現役か否かという事実は判りやすくしとくのが
周りへの親切というかマナーなのかもしれん、などと思ったり
思わなかったりするわけで。

もう回を重ねるごとに面白さと手に負えなさを一挙に味わえる
お芝居というメディアは、十分に不自由で使いづらくつまりは
あばずれで片手間には到底極められぬし。
今回一人で出てみて、良くも悪くも自己責任ですねみたいな
話を猫道さんともしたのですが、まさにそれで。
芝居という集団での創作形態のまんまと自己責任にならない
そのジレンマ!
観客とのコミュニケートを目的とする作品を成立させるまでに
経なければならぬ、役者・スタッフとの意思疎通相互理解。

猫道氏のように、お芝居は大好きなのだけれど合わないから
辞めますというような、いい感じのコメントを添えてではなく、
ただただもう表現手段としては使い勝手悪すぎて、
小劇場の世界というのが居心地が悪すぎるので、こっから
離れて旅に出てやろうと思っているわたくしのこの現在なのです。

とくに宣言とかしないけども。
お世話になった皆さん、今までありがとうございました。
恩田ツアーの活動は本日をもって終了します。

あ、ちなみに「猫道節」のイベント自体はとても楽しく
一人パフォーマンスの機会を頂けたことは大変ありがたかったです。
奇しくも芝居引退宣言をされた猫道さんには、詩人が集うライブ
への参加をすすめていただいたりもしましたし。
わたしと同じくゲストでいらしていた上野康平さんのパフォーマンスは
どこまでが本気かギャグか判別できない天然感満載で和みました。

今後は、何かそういう出会いと別れの酒場的な場所で
ひとり踊ったり歌ったりして生きていこうと思う所存であります。


ああ、なんだか酔った勢いでいろいろ書いてしまいましたが
とにもかくにも、人様の前で何か思わせぶりに言い募ったり
口ごもる機会はとかく得がたいと、そんな気持ちでいるわけですね。

ご来場いただいた皆様、いただかなかった皆様
ありがとうございました。

ホワイエ。












posted by 恩田ゆみ at 05:55| 東京 霧 | TrackBack(0) | 心中 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。