2009年11月15日

トルビヨン。

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トルビヨンのことを書くわ。

トルビヨンとはとあるホテルで知り合ったの。
とある、港区のホテルよ。

トルビヨンはね、
つるつるのサテン生地のベストを着ていて、
針金みたいにかたい髪の毛をつんと尖らせていた。
すごくぶっきらぼうな顔つきをしていて、
それがとても、もうたまらなくなるくらいに、
色っぽくて、かわいらしくて、
その首筋に間違ったふりして。
あたし、彼にキスしちゃったくらい。
ほんとうにほんとうに、よかったのよ。彼。

でも仕方ないわね。奥さんがいるんだもの。
デンマークだかノルウェーだか、よく知らないけど、
ギザギザした国よ。
そこで煙突のある大きな赤い屋根の家を建てて、
奥さんを待たせてあるんですって。おとなしい犬と一緒に。
トルビヨンたらね。
愛しているんですって。奥さんをよ。
ばかよね。
ばかで、かわいいわよね。
別にいいじゃない。羽を伸ばしに来たんでしょう?って
あたし、言ったのよ。
そのために飛行機に乗って、
ぐるっと地球儀を遡ってきたんでしょう?
ちっぽけなこの国に、楽しむためにやってきたんでしょう?
スターなんだから。それなりに楽しまなきゃ。
いっぱい楽しんで、すっきりして帰ればいいじゃない。

Is that special?

自分で買ったのよ。
これは自分で買った、ただのアクセサリーなの。
なんでもないの。
こういうときのために、
あなたみたいな人の、
気を引くためのアクセサリーなの。
それなのに、彼は褒めてくれるのよ。
だれか、特別なだれかからの、
プレゼントなのかって。

ばかよね。
ばかなのよ、彼。
そんなわけないじゃない。
あたしみたいな女が、特別なわけがないのに。
優しい男なのね。優しくて、ばかな男。
トルビヨン。
そんなこと言ってくれるくらいなら、
今夜くらい、あたしのこと
好きになってくれてもよかったのに。
今夜くらい。
それで救われる女もいたのよ、トルビヨン。

あたし、いくつになると思う?
あたし、もう堂々とはしていられない歳よ。
もう、裸にはなれない歳よ。
それなのに、トルビヨン。
どうしたらいいのかしら。あなたみたいな、
無邪気な、まっすぐな、ばかな、
そういう男の子に、恋をしてしまったなら。

お願いだから、トルビヨン。
いますぐにここで、
あたしを、求めてよ。
あたしを、欲しがってよ。
わかっているけれど、あなたはそうはしない。

するとしたら、優しいでしょう。
やさしく、そうするんでしょう。
何もなかったら、あたしはそれが嬉しいだろうけど、
今は違うのね。あたしには、そうじゃないのね。
いいわよ、それで。
それでいいわよ。
トルビヨン。

あたしは知っているもの。
あなたが、とてもかわいいってこと。
かわいくて、めんどくさいってこと。
今でも好きよ。
トルビヨン。
キスしてあげるわ、あなたの好きなところに。
勘違いしないでね。
あなたのことが、かわいくてするの。
愛してるわけじゃないから。
安心しなさいよ。
愛してなんかいないの。
かわいいトルビヨン。
posted by 恩田ゆみ at 00:58| 東京 曇り| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月31日

じゆうとおうどん

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橋を渡るとそこは古代。
恐竜たちのねむる城。

あたくしはそういういばしょにいま、
やってまいりましたのレッツゴウ。

タクシーはとても無理。
密室ですからうんてんしゅのかぜがうつる
スケボーがいいと思う。
ざざざとかっこよく走れるからです。

恐竜のえさはなにか。
アメリカザリガニと芋。
うぃんどうずえっくすぴー。
恐竜はいつもおんらいんにいます。

ファミマの店長さんが言っていました。

それであたくしは
うどんになりたいから香川県にいく。
うそうそ。
うどんになんてなりたいわけない。
あんなおいしいもの。
たべるだけでたくさん。
ほんとうはなるとうずしおをめざしてます。
かっこいいから。
なるとおんだゆみになりたいんだな、きっと。
うそうそ。
なるとのことなんて何も知りません。
ただのあこがれでものをしゃべっているだけ。

いろいろおわって
今夜はおもいきり、いこっている。
ええと、憩っている。
いこいときこりは似ています。
でもいこいはきこりではない。
くじらがいるかではないように。



posted by 恩田ゆみ at 22:01| 東京 晴れ| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月05日

それは心に映り込む

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今年は映画の当たり年なのか、
薄闇の劇場で放心状態、
椅子よりもわたしは不動のなにか。
そして文字、そして文字、それに透けて映る画。

「サマーウォーズ」
「エヴァンゲリオン新劇場版:破」
「スラムドッグミリオネア」
「それでも恋するバルセロナ」

エヴァは長編アニメーションではなく、
ちゃんと「映画」になっていたし、
「サマーウォーズ」の上手さと言ったら、
もうどんな賞をとってもおかしくない。
ウディ・アレンがペネロペ・クルスを
あっと驚くやり方で料理してバルセロナ、
映画館を出るときには、
ちゃんと私もダニー・ボイルファンになっていた。

ひとりでも多くの人に観てほしいと思う。


posted by 恩田ゆみ at 01:09| 東京 台風| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月22日

フローチャートC

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わたしは、台所の小さな椅子の上に
まるで昆虫のように硬くしがみつきぎゃあぎゃあと
わめき散らす黒い電話を、
あるいは鳴り続ける電話を前にして微動だにできない
わたしを含めたこの状況全体を、
まるで一枚の写真を眺めるようにして、
静かに、息を殺して、ただじっと、全身で、
鑑賞し続けていた。

家中に響き渡る電話の音は、
檻に閉じ込められた獣のように
四方の壁にぶち当たっては、ヒステリックに出口を求めている。
その攻勢にひるんで、思わず扉を開けてしまいたい
危険な衝動に駆られるが、わたしはいつもすんでのところで
自分を押し留めてきたのだ。
それをやってしまったら、自分が苦しむはめになる。
苦しむ?
苦しむという言葉でいいのか。
正確には、今度はわたしの方が閉じ込められることになる、
と言ったほうがいいかもしれない。
それをやってしまったら、今度はわたしの方が閉じ込められる
ことになる。
出口のない場所へ。

猛獣の沈黙まで、あと10秒。
数えるんだ。
視線をやつに突き刺したまま、わたし自身も動かずに。

9、
8、
7、
6、
 


ほら。

やっぱりだ。

まるで毒でも飲んだように、
数を数えるうちに
獣は意識を失い、もの言わぬものへと戻っていった。
わたしは電話の置かれた椅子に近づくと、
その死を確かめるように、ほんの少しだけ受話器を持ち上げて
元に戻した。
さきほどまでわたしを脅かしていたものの、
無力を確認せずにはいられなかったのだ。

洗ったばかりのグラスを手にとり、
ゆっくりと水を飲んだ。
喉を濡らしてもなお、粘膜は紙のように
乾いているような気がした。

彼女がいなくなってから、
もうずっとだ。
と、わたしは考える。
もうずっと、これを、この一連の流れを、
儀式のように日々繰り返している。
たったひとりで。

あの日に起こったすべての出来事を、
まるでそっくりおさらいしましょうとでも
言うように、電話は何度もわたしを呼んだ。

おさらいの内容はこうである。

受話器ごしに凄まじい轟音を聞き、
電話を切ると奥さんはどこかに消えてしまいました。
あなたが彼女の跡形を探しているうちに、
気がつけば、滝の流れに飲み込まれているのです。
さあたいへん!
すると、
小舟に乗った女の人が近づいてきて、
溺れるあなたに向かって何かをつぶやきはじめます。
とても残念そうな表情で。

ねえ、
あぶないわよ。

これは、だまし舟なんだから。

ねえ、
あぶないわよ。

ちゃんと
ほばしらを
つかんでいないと。


おさらいは終わる。
そしてもちろん、わたしは助からない。
posted by 恩田ゆみ at 00:25| 東京 霧| 羽石胡麻子のまだら模様 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月18日

愉快にはまだ遠く。

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起こること全てにしかるべき理由などないとわかってからは、
ずいぶんと心安く、ある意味いい加減に生きてこられたように思う。

たとえば、
一年ぶりにあう青年烏帽子くんが、
残り少ないサラダの皿に残されたサニーレタスを指差して、
「見てくださいよ!一枚だけ牛肉が入ってますよ!」
と嬉しげに叫んだときも、わたしは少しも動じなかった。

あるいはまた、
旦那の友人であるキヅキくんが、
結婚祝いに素敵なマグカップを「一つだけ」くれたこと。
しかも、それが96歳のどこかの老人が戯れに制作した、という
微妙な曰くつきの代物であること。
「持ちやすいように」とカップに斜めに付けられた取っ手が
ひどく持ちにくく、たびたび中身をこぼしそうになること。
そういったことにも、わたしは少しも動じなかった。

職場の同僚が、明らかに女性ものの小ぶりなスリッパを二つくれた
ことや、もちろんそれが旦那の足にはこれっぽっちも役立たないこと、
やんわり同僚にそのことをほのめかすと、
ノリで選んだやつから気にしないで
と気持ち失礼な贈り物であったのだと判明したこと、
結婚の報告をした佐々木さりえからいまだに何の音沙汰もないこと、
口内炎が悪化して水を飲むにも四苦八苦すること、
エヴァンゲリオンの映画が一回しか観られなかったこと、
なかなか夏が終わらないこと、税金が高いこと、電車がこむこと。

数え上げればきりがない今生の悩ましきことどもについて、
仕方がないさとあきらめる処世術を、
どうやらわたしは身につけたようである。

欲を捨て、もの持たざれば、心穏やか。

さいきん流行っている我が家の標語だ。

しかし、あまりこれを突き詰めてやっていくと、
そうめんばかり食べて夏バテするように
怒りもせず喜びもせず、心の淡白が過ぎて早死にしそうなので、
ほどほどにしようと考えるこのごろである。



posted by 恩田ゆみ at 01:01| 東京 晴れ| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月05日

レジャーとしての結婚

aniv.jpg

夏といえば海だ花火だ盆踊りだと、
とかく外出と散財を奨励する風潮が高まって
東京ウォーカー、
風邪をひいてしまいそうな昨今であるが、
我が家における夏のレジャー熱というのもくだんの例に漏れず、
ぶんぶんと音をたてては日夜目盛りをカチコチと
押し上げ続けるものだから、
解熱を狙ってコンビニ通い、木べらで模様のアイスクリーム。
そんなお腹ひえひえの葉月を過ごすわたくしなのである。

しかしレジャー熱とは裏腹に、
はっきり言ってわたしは夏は苦手なのだ。
冬に生まれたせいなのか、体質的に暑さに弱く、
気温が25度を超えたくらいから、普通にしていても病人のように
ぐったりとし始める。
そのため、
半裸で紫外線を浴びながら水に浸かってはしゃぎまわったり、
圧死を覚悟で花火大会に出かけたり、
汗でどろどろの顔を人目にさらしてしゃにむに盆踊るよりも、
クーラーの吐息に耳元をふうふうされながらタオル地の枕に
抱きついてぐったりしているほうが百倍楽しく心も躍る。
まして、「夏フェス」とか「サマーキャンプ」なるものに
嬉々として参加する人々の気が知れない。
エアコンのきいた図書館で、「るるぶ」読むのじゃダメなのか。


そんなわけで、
夏生まれの夏太郎は欲求不満なのである。

暑さに強いどころか、夏になるとうきうきと浮かれて
血色もよく、やたらと外に出かけたがる彼は、
梅雨明け早々、
「お祭りにはいつ行けるのかなぁ」
「今夜はちょっと盆踊りしたい気分だなぁ」
などと、風呂上りに冷えたスイカをぽんぽんと太鼓がわりに
打ち鳴らしてはうるさくわたしにせっついて、夏の満喫を促すのだ。

しかし残念なことに、わたしは宿命的に暑さに弱いのである。
おまけに土日は仕事でいないため、世間のイベント事と
タイミングが合わないのが悩ましい。

そこで、夏太郎とわたしは、区役所に赴くことにした。

もちろん踊りを踊るためではない。

区役所は盆踊りのメッカなどではなく、
納税の催促やら世帯主の変更だとか住民票の発行だとか、
区民に関わる事務を行っている場所だからだ。

そうなのだ。
夏にちなんだ遊びというのがなかなかに難しいので、
そのかわりと言っては不謹慎だが、
人生の一大イベントである「結婚」を、
この機会にしでかしてやろうという魂胆である。

スーツの上下を着込んだ夏太郎が自転車をこぎ、
わたしは日傘を差してその荷台に腰掛ける。

炎天下の道のりは、五秒とたたずに我々を汗だくにする。

走ること15分。

役所についた。
当然のことながら、出店もなければ、やぐらも組んではいない。
戸籍係のおじさんはハッピ姿ではない。
まあいいさ、と我々は考える。
ここからが本番だ。
どんな感動と興奮がわれわれを待ち受けているのだろうか。
緊張でまた汗の玉が頬を伝っていく。

持参した書類を提出し、番号を渡される。
待つこと10分。
名前を呼ばれた。
小走りでカウンターに向かう。

「おめでとうございます。
それでは婚姻届を受理させていただきましたので、
手続きは以上で終了となります。」

おじさんがぺこりとお辞儀をする。
名前の変わった新しい住民票をとる。

よし、終わった。
無事に終わった。

しかし、まだ感動はない。
興奮もない。
はしゃぐタイミングも見つからないまま
役所を出て、
ペットボトルのジュースちゃんと入れた?
とか言いながら駐輪場に向かう。

人生の一大イベントがたった10分ほどで終わってしまった。
何もせずに過ごすにはあまりにも気持ちよく晴れた午前11時。
今日という一日は、まだたっぷりとその中に可能性の泉の水を
あふれさせている。

夏太郎が海外旅行に行きたいね、とそっとつぶやいた。
わたしが今から?と聞くと
彼は遠い目をして首を振るのだった。

蝉の声がシャワーのように降っては
砕け、われわれの耳をびりびりと濡らしていた。



※そんなわけで、結婚しました。
とくに感動も実感も湧きませんが、
そういうものを感じる瞬間というのは
これから沢山おとずれるのであろうと
期待しつつ、お世話になった皆様への
感謝の気持ちを忘れずに相方と助け合って
日々を過ごしてゆきたい所存でおります。

恩田ゆみ

posted by 恩田ゆみ at 20:11| 東京 晴れ | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月28日

三鷹の森の木月

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本当のところ、
キヅキくんにはまだ二回くらいしかお会いしたことがありません。

はじめは高円寺にある赤壁のタイ料理店で、
次のときは、吉祥寺のハモニカ横丁の片隅で。

キヅキくんはわたしよりも断然おわかい男の子なのに、
けれどわたしよりもはるかに悠然と、威風堂々としていて、
こんな風にちがいがでてくるのであれば、
わたしももっと気持ちを確かに、
地に足をつけてしっかりと
若者時代を生きてくればよかったなぁ
と漠然と自分の人生を悔やまずにはいられないような
だけどそれは心がけの問題などでは決してなく、
はっきりとそこで人間としての出来の違いというものが
もって生まれたものとしてあるのだ人と人とのあいだには、
特に、彼のような人とわたしのような人間とのあいだには。
などと、
なにか切ない気分にさせられるものでして、
しかもこの場合せつなさは他者への同情的心境によるものではなく
己が存在の非万能性を悲しくも絶対的なものとして痛感するからこその
内省的切なさであって、
日頃日常、ろくな人間に出会わないもんだと自分を棚上げして
今生を憂いては優越を噛み締めるのが常の自分のような人間にとっては
まことに稀有な、それゆえその意味あいも自然と大きくなってくる、
そんな類の数少ない知り合いなのであります、キヅキくんは。

かといって、キヅキくんのことは又聞きでしかよく知りません。
なぜならば、彼はわたしの同居人の友人なものですから、
わたしとキヅキくんとが同居人を飛び越えてどんどんと懇意になる、
というような、そんな成り行きでもないのです。

キヅキくんは映画の勉強をされており、
習作の脚本をかいたり、
アメリカ進出のためにTOEICのスコアを伸ばしたり、
フリスビーを投げたりして日々を過ごしているそうです。
それはそれは忙しい、まさに忙殺されるがごとき青春の日々なのです。

ですから、
そんな多忙を極める彼と微妙な距離感のあるわたしとの
おもな交流というのは、
同居人とキヅキくんが親睦を深める機会に
わたしがたまたま居合わせるだとか、
こうした文章を彼がうっかり目にするだとか、
彼が三鷹駅で投げたフリスビーをわたしが吉祥寺駅でキャッチするだとか、
そんな偶然性が采配するのにまかせている次第であります。

昨日の夜も、
同居人が沖縄料理を肴にキヅキくんとお酒を飲んで
彼のお誕生日を祝っていたらしいのですが、
あいにく、わたしは田舎に帰省しており、
現代日本にはびこる物質主義・成果主義の不毛を打開すべく
年老いた両親とともに、
晩菜のホタテを、えいや!えいや!と刺身醤油に浸すのに一生懸命で、
とうてい遠路離れた友人知人の生誕の日時などに思いを寄せる
ゆとりなどはホタテひと切れほども持ち合わせていない、
とまあ、まことに残念な有り様なのでした。

自分のほうがその程度の感心無関心でいれば、
相手にしても同じこと。
キヅキくんにとって、わたしは勘案の宇宙から遠く外れて
しまった、「はぐれ流れ星」がごとき卑小な存在であることでしょう。
そんな漠たるあきらめで獰猛なやぶ蚊に全身を餌食にされながら、
わたしは夏の数日を栃木の片田舎で過ごしておりました。

ところが、です。

ふらり東京都心に舞い戻れば
同居人いわく「昨晩はキヅキーが君の文章をすこぶる褒めていたよ」
と伝言ならぬ伝褒め。
わたしという存在が彼らの話題にのぼることすら期待してはいなかったのにも関わらず、自分のいないところで誰かが褒めていたと聞けば気分のいいものです。
しかも飲み屋でなされる第三者の好評悪評というものは、まずまず本音であることが多いでしょうから、わたしは小躍りしました。

かくして、
ちかごろは筆もホタテも筆記作業には用いず、
もっぱら大皿と取り皿との往復にしか五本指を酷使しない
わたくしの自堕落な日々にびびびと玉子の薄皮がむけるがごとき
衝撃的亀裂が走ったのでありました。

またも一方的にわたしばかりが嬉しくいそいそと、
一目置く人物からの激励にすっかり浮かれて、
ウィンドウズとう!デスクトップてりゃ!などと
愛用のノートパソコン越しに文章をしたためるわけでありますが、
こうなってくると、当のキヅキくんの映像作品なるものが
気になってこないでもない、いや、けれど実際のところは、
そんなものはどうでもいいから、
今後ともいいタイミングでわたしの文章を褒めちぎってくれないだろうか、
気持ちのいい場所をくすぐってくれないだろうか、
などと彼の人に期待を寄せてやまない身勝手なわたくしなのでありました。










posted by 恩田ゆみ at 02:14| 東京 雨 | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月14日

彼女の炎上と哀愁は

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だって燃えてしまったんだもの あたし
あなたの好きな風景も時間も
焼け焦げてしまったの たちまちに
だから、あなたのお望みが
かなわぬかなしい事態なの
ちょっとはご理解いただける?

あたしだってビックリしてる
キャンプファイヤーのあの歌で
まさか本当に火がつくなんて
あたしが炎上するなんて

だから今夜の約束は
残念だけどまた今度
あたしのかわりをすぐそこの
煙草屋さんでお買いなさい
あたしじゃなくても
いいんでしょう?

いいわよ
結構慣れてるの
どこでも買えると思われてるの

実際あたしはそうなのよ
どこでもあなたに買われるの

それがあたしの売りなのよ


posted by 恩田ゆみ at 00:35| 東京 曇り | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月07日

透明杉職人の加賀谷さん

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昨日の夜中、雨粒アワーのころに車で東京を出発し、
本日は透明杉を材料に本棚と椅子を作っているお爺さんが住む、
とある山奥の村(関東近郊)に、本棚を二つと椅子を八脚、
注文しに来ています。

できたらうちのレストランで使うテーブルも作ってもらえたら
最高なんだけどな、と喫茶室「とろろ」の店長・小嶋さんが
さっきからそわそわガイドブックをめくっていますが、
透明杉でできたテーブルの上で「とろろ」特製のキッシュ・ロレーヌや
狐色に甘く焼きたてたアーモンドクリーム・パイが銀のお皿に盛られて
並ぶところは想像しただけでもお腹の虫が歌いだしそうになってしまいます。

職人のお爺さんは加賀谷さんとおっしゃる方だそうで、
今年の8月で134歳を迎えるかなりのご老体、
といっては失礼かもしれませんが、やはり人生の大先輩にして
人間国宝の透明杉職人なわけですから、小嶋さんも私も、
お会いする前からわなわなと緊張してしまうのは
いたしかたのないことなのです。

どういう経緯で今回、加賀谷さんを訪ねることになったかという
と、それはちょっと秘密なので言えません。
けれど、喫茶室「とろろ」の常連さんで、手品師の根本さんという方が
いらっしゃるのですが、その方がたまたま透明杉を芯に使ったマッチを
商売道具に持っていらして、小嶋さんがひょっとしてと思い声をかけた
のが今回のご紹介につながったとか。まあ、そういう噂も流れています。

私はふだんは「とろろ」でピアノの演奏をやったり、
常連さんから楽器の修理を引き受けたりして小嶋さんとも
仲良くさせてもらっていますが、今回同行したのはどちらかと言うと
お店のためというよりむしろ透明杉で何か楽器を作ってもらえない
だろうかという期待もあってのことなのです。
透明杉ですからできた楽器はもちろん透明ですし、ニスでつやを
出したとしても、透明なつやですからいやらしい感じにはならないでしょう。
何より、指先の動きだけで素晴らしい音楽を奏でているように
見えるなんて、透明杉で作られた楽器は、とても素敵な、
魔法みたいなものになるんじゃないかって、
とてもわくわくしているんです。

少し先に、加賀谷さんがお住まいになっているという透明峠が見えてきました。
このあたりでは透明杉とふつうの木々が混じっているので、
なんだか森全体が、緑色のガラスでできた彫刻みたいです。

小嶋さんの希望と私のちょっとした夢が、実現するといいのですが。
結果はまた報告しますね。
posted by 恩田ゆみ at 00:19| 東京 曇り | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月03日

お願い

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お願いがあるのだとあなたは言って、
覚えていてほしいのだと彼女に生餃子を押し渡す。

彼女はまだ仕事中で、雪の散る商店街の黒く冷たい
墓石の道にその足が埋められているのです。
彼女の23センチの右足と23・5センチの左足は。

何を?覚えているべき?わたしは?とたずねる前に
彼女は生餃子の入ったプラスチックの容器を、
平べったい昆虫みたいな形のその透明な容器を、
ぐしゃりと濡れた地面に落として、あ
の形に口を開いて人形みたいに固まってしまう。
血が凍る彼女の指先にはポケットティッシュ、
あの素晴らしいあなたの伴侶、がビニルに包まれて
真四角く上品に抱かれている。
それはとくに彼女の大切なものではないのだけど、
ポケットティッシュは。けれど彼女は仕事として
それを配らなくてはならないのです。
見知らぬ人たちに。
だから、
彼女の仕事のすきまに生餃子を差し入れるなんて
非道はやめてあげてちょうだい。
そういうお願いをわたしがしたことを、
覚えていてほしいの。
あなたがいつも好きだという、生餃子をいまあげるから。
お願い。
posted by 恩田ゆみ at 23:10| 東京 霧 | TrackBack(0) | 言葉で輪切りにした世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする