2017年06月30日

ブログお引越しします。

こんにちは。こんばんは。

「これは地図です。」をご覧のみなさま。
いつもありがとうございます。

このブログは、下記のアドレスにお引越しをいたします。

引き続き、ご贔屓の程どうぞよろしくお願いいたします。

新しいブログ
「ようこそ人類、ここは地図」
http://niga2i2ka.hatenablog.com


地図描きのユミ→「2月5日」として、アートをやっております。

posted by 2/5、地図書きのゆみ at 17:42| 東京 ☔| Comment(0) | 他生の縁(みのまわりのことなど) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月07日

戻ってきたよ、人類のみなさま。

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何処に消えていたのです、と聞かれても無言。
だって記憶喪失なのです。

けれど本日、新宿駅で。
わたしは確かに電車を降りて、
知らない女に逢いました。
知らない女と知り合って、
アフリカのお茶を啜りあい、
ここに戻れと囁かれ、
のこのこ出戻り、ご挨拶。

また粛々と手仕事で、
また細々と人類の、
みなみなさまにご奉仕を。

どうか何卒ご贔屓に。
どうか変わらぬご愛顧を。

透明な記憶製造管理責任者名、
地図書きのゆみ。
筆。

posted by 2/5、地図書きのゆみ at 23:33| 東京 ☀| Comment(0) | 他生の縁(みのまわりのことなど) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月06日

りっすん、巨大な誕生日

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この世界とのお付き合いも、はや35めぐりを果たしつつ。

りっすん。

たれぞ聞き取れますか。

流星がごとく去るこの命。
お別れし難き、地上の暮らし。
果てなき果てなき美しさ。

あまねくすべての思い出たちが、けむりのように消え去る日。
それ思うたびにまた涙。

りっすん。

しばらくご猶予を。
往生するにはまだ未熟。

posted by 2/5、地図書きのゆみ at 21:05| 東京 ☀| Comment(0) | 観(あのときはこうおもっていたようだ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

出口なき天麩羅戦争

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天麩羅戦争が起きてもう五年がたつ.
五年と言えば目まぐるしく移り変わる現代社会においては卑小ながら歴史年表上のひと塊とみなせる歳月である.

とかくこの五年間で世の中は回転した.
乳飲み子は飛び回り,内閣は爆発し,海の向こうからは新しい陸地が現れて,ただし戦局だけが不案内なままと与太与太と,歴史の最先端に陣取って動かずにいた.

天麩羅戦争の全体を知る人は決して少なくなかった.
インターネット回線の普及や地上デジタル放送の整備によって高められた
この国の情報配給システムがそれを可能にしたのだ.

だから,あの一連の出来事が戦争と呼ばれる一国の大事に至るまでの経緯を国中が漏れなく視聴していたことは改めてここに記すまでもない.
それは今となっては歴史的瞬間と名を冠せられ,世界人類共通の思い出となりつつある.

しかし,その情報共有の事実が膠着した現在にいたるまで何ら利益たりえなかったこともまた明らかだ.
むしろ今となっては,誰もが国の政治屋と報道係たちに事態を隠蔽してくれることをすら望んでいる.

あの開戦直後から五年間,天麩羅と名のつく代物は調理販売は勿論のこと,一般家庭の食卓においてすら咀嚼を禁じられて,天麩羅戦争にまつわる公明正大な情報公開が,国民生活をさらに不自由な出口なきものに追い詰めている.
posted by 2/5、地図書きのゆみ at 20:55| 東京 ☀| Comment(0) | 作り話(あっとうてきなしんじつ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月19日

会長と会長の戦いなのよ大河。

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数年前の大河ドラマ「平清盛」の終盤あたりをDVDで観ている。
この「平清盛」、映像としての見ごたえはもちろん、脚本が上手い。上手いんです。
キャスティングもここにこの人を投入しますか!と憎いくらい見事な布陣を敷いていて、まことに恐れ入ってしまう。
こんなにも見事な作品を作り上げたスタッフ陣はすごいです。すごい。
本当にありがとうNHK!!!

・・・と絶賛してしまうほどのドラマだったはずなのに、リアルタイムで放送していた当時の私は10月くらいで視聴を中止。
ちょうど清盛の人生が一旦落ち着いて、もう平家の地位は盤石だぞーみたいところで観なくなった。
大河ドラマを1月から夢中で観ていて10月でハタと見なくなるというのは何なんだろうと我ながら不思議になって、今回DVDを借りてきた。

タイミング的にも正月だし行くところもないしで、その挫折した10月からの分を見始めたらば、これが面白い。
何が面白いって、もう年取った清盛の迷走ぶりが面白い。
京都から福原(今の神戸)に一週間で遷都せよ、という無茶を強行したり、自分の3歳の孫に譲位しろと若干二十歳の天皇に迫ったり。各地で源氏が挙兵しているという情報が入っても、清盛の関心は新しい都の屏風にどんな絵を描かせるか、とそんな状態。ちょっとでも自分の思うとおりにいかないことがあれば、辺りかまわずヒステリックな八つ当たり。偉いおじいちゃん大暴走状態(笑)。
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そして今回ドラマの終盤部分を観て思ったのは、この「平清盛」は中盤までは清盛の人生の上り坂を平家という武士の一族が覇権を手にいれるまでの道のりと並走して描き、後半では栄華を極めた人間の「老いらく」というものを手加減なしに見せてくれる。その後半の折り返し以降をここまで丁寧に描いていくところが、大河ドラマの中では珍しいよね、ということ。
(と言いつつ、大河のオーソドックスなフォーマットを熟知しているほどには私は大河ウォッチャーではない。あくまで数作品観た感想です)
清盛の「老いらく」の日常と武士という階層を平安時代カースト制度の最上層である殿上人まで押し上げた平家が滅亡へ向かう道のりとが重なっていて、それはそのまま平清盛という人物がいかに巨大なカリスマであったか、を物語ってもいる。

平安時代の頃の行政について、天皇に譲位して上皇または法皇となった元天皇が政治的な実権を握る院政というのが結構当たり前に行われていて、清盛も息子に平家の頭領のポジションは譲っても政治的な実権は握っているし、松田翔太演じる後白河法皇という清盛のライバルも、実際はとっくに天皇に譲位した立場で、でも政治的にはバリバリ現役なんだよね〜という話をドラマを観ていない人間に解説していたら、「ようは社長の座を退いた会長同士のいがみ合いだね」とあっさりまとめられて、ああ確かにそう言われればそうだそうだと妙に納得。

「老獪なるすごろく遊び」として描かれる清盛と後白河法皇の対決の中で、時代的にも貴族政治の形骸化はこんな形で進行していったのだな、武家の台頭というのは必然であったのだな、という腹落ちがあり、大河ならではの1年間というスケジュールでそれらを含む歴史的なグラデーションをじっくり見せていくことに成功している点がやはり素晴らしい。素晴らしいドラマだわ、「平清盛」。

posted by 2/5、地図書きのゆみ at 19:27| 東京 ☀| Comment(0) | 異世界曼荼羅(感想文) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月05日

何か新しそうなことを記すべく起立。

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遅ればせながら、謹賀新年。

いろいろあってわたくし、いま缶詰になっております。
大晦日も、お正月もなく、初詣にもゆかず。

なぜなら缶詰中の人間には缶切りが買えぬからなのです。
缶切りを買いにゆくこともできぬ状態にあるからなのです。
お餅は盗んで食べました。
電気はほとんどつけません。

兎にも角にも幸せです。
幸せの中に自らをぎうぎうづめにしております。
わたしが泣いても素知らぬ顔で。
この三ヶ月が終わるまで。
音信不通はご容赦を。

どうぞ幸多き一年をお過ごしください。
とりいそぎ年始のご挨拶まで。
posted by 2/5、地図書きのゆみ at 22:54| 東京 ☀| Comment(0) | 観(あのときはこうおもっていたようだ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月21日

ファンタジーについて

ここに記すのはファンタジーについての記録だ。私の人生とそこに出てくる登場人物たちを飲み込んでいるファンタジーについて。その記録。備忘録。不正確かもしれない幾つかの出来事についてのごく個人的な私の感想と意見。分析のための分析。忘れないために幾つかの考えを削除し、いくつかの考えを取り置いて残すこと。
ファンタジーとは何か、あなたはご存知だろうか。それは頭の中の避難梯子だ。登る前と、終わりまで登りつめた後では、目に見える世界が確実にすっかり違っている。それがファンタジー。視点を移動するための避難梯子。
私以外の多くの人はその梯子を登る前と、登りきった後、その二種類の景色しか知らないんじゃないだろうか。あるいは梯子の存在自体に無知なまま、せいぜい数メートルかそこらの物理的な目線の上下のうちに一生を終えるのではないだろうか。時々私はそんな風に考える。そしてむしろその方が自然なことだとも思う。
なぜならその梯子には高さというものがないから。方向というものがないから。登り切るまでの時間も体力も必要としないから。
梯子はただただ、そこにある。手を触れることのできない頭の中の暗闇にそっと音もなく立てかけてある。はじめから終わりまで。時々は見えて、時々は見えない。そして、梯子を登る前と登りきった後。ファンタジーはそれらを分け隔て、そして同時に結びつけている。
私が試みようとするのは、ファンタジーそのものについて考えることだ。いや、思い出すと言う方がこの場合正しいのかもしれない。ファンタジーの目的や機能やその結果ではなく、ファンタジーという緩衝地帯のグラデーションをここに記してみること。
そう。グラデーション。ひとつひとつの異なる段階。その段階に応じて変わる世界の色味。それらを目に見えるまま、どこまでも丁寧にここに転写していく。
もしもファンタジーという言葉がこれを読むあなたに多少の混乱をもたらすのなら、それを何か別のものに置き換えてもらってもかまわない。雨傘でも、スリッパでも、冷蔵庫の中の野菜ジュースか何かでも。さっきから私が繰り返している避難梯子。それが一番いい例えだと思って持ち出してきたわけだけれど、それでは色気がないというなら、例えなんて何だってかまわない。
私は雨傘について、スリッパについて、冷蔵庫の中の野菜ジュースについて、ここに記録しようとしている。それらは存在することで結果的に2つの世界を生み出し、それ以前とそれ以後とでは世界はまったく違って見える。
やはりこの方がわかりやすいのかもしれない。単純な響き。回りくどくない。ファンタジーなどという曖昧で意味のない単語を持ち出してくるよりも。そう、この世界の多くのものは整理され、名付けられ、わかりやすく並んでいる。どこだってそうだ。「あ」から始まり「ん」で終わる。それが普通で平均で常識なのだ。いちばん効率的だとされるやり方。
しかしわかりやすいもの、単純なもの、すでに形あるものについて、改めて私が記録する必要などない。誰もがすぐに「あれのことか」と頭に浮かぶ事柄をこの手でなぞること。反復すること。確認すること。それらはまったくもって必要がない。悲しいくらい私には必要がないのだ。
だからやはり、これは「ファンタジーの記録」でいいのだと思う。あなたは混乱したまま、避難梯子の始まりでもなく、終わりでもない場所から見える眺めを写した私の言葉たちを落ち葉のように拾い集める。おそらくむずかしいことではないと思う。それは私があなたたちの世界を知ったのと、たぶん同じやり方だから。
posted by 2/5、地図書きのゆみ at 22:35| 東京 ☀| Comment(0) | 作り話(あっとうてきなしんじつ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月20日

父と時間

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夏生まれの父は、喘息持ちの子ども時代を虫の声を聞きながら過ごしたのだという。それはインターネットの誕生なんてまだ誰も想像してもいなかった、けれどそう大昔というほどでもない、昭和の時代の昔話だ。

その頃は夜も更けて家人が寝静まる時間になると、決まって息苦しさと発作の不安が父の子どもらしい無邪気な眠りを妨げるのが常で、布団の中で寄せては返す安楽と苦痛の波のような時間に身体を浸しながら、朝がくるのをひとりぼっちで待つしかない。時に鉄道の本を枕元に広げながら、時に季節によって入れ替わる虫たちの声を聞きながら、子どもだった父は自然あれこれ考えごとをして過ごすのが当たり前になったのだという。

その当時の記憶をもう子どもではなくなった父が私に話すとき、いたずらを自慢する子どものように父はなぜか少し得意げで、幾度も聞かされた病の話なのにも関わらず、そこに病弱だった自分への憐れみのようなものが微塵も混じっていないせいだろうか。私もそれを父の少年時代の良き思い出話として記憶している。

ちょうど夏生まれの父が今年65歳の誕生日を迎えて、嘱託で続けていた仕事からもついに足を洗うというので、ふたつの出来事を合わせて祝う会を母の主宰で開いたのが先月8月のことだった。その夜もまた同じ話をしながら父は相変わらず夏を褒め、その時期に鳴く虫たちはいいなぁとつぶやき、そしてやっぱり父さんは夏が好きなんだな、と子どものように結論すると、誕生日だからと特別に許された上限なしの晩酌を満喫しようといそいそと手酌に励んでいた。

緑が沢山あって、と言えば聞こえはいいが、手入れせずにいるとたちまち家屋を飲み込んでしまう野生の植物たちに包囲された古く安普請の我が家では、家の中にいても外と変わらずに自然の音がとても近い。むしろ、家の中にいる方がその感覚が強まるのかもしれない、とも思う。雨音も風の強弱も木々の枝葉によって大げさに誇張されて響くような気がするし、虫たちの声は効果音かBGMのようにあまりにも近く、帰省するたびに東京暮らしに慣れた私はそのことに驚くのが常である。

その日、午前中に東京での用事をかたづけてから私が地元の駅にたどり着いた頃には、一日はもう折り返して夕暮れ時になっていたけれど、吠えるように鳴く蝉たちと交代で日暮れからは秋を運ぶ虫たちの涼やかな声が晩菜の時間を通してずっと消えなかった。
父は夏の暑さやそれにまつわる良き記憶がそうさせるのか、めずらしく言葉多く語り、盃を重ねていた。

誕生日や記念日にかこつけて年に数回催されるこの家族の集いは、回を重ねるたびに東京で暮らす私や地元で1人住まいをしている弟が、もうそれぞれの暮らしの主であることを自然と悟る機会でもある。
若いころは持参するのが浅草駅で買う菓子折りの「ひよこ」だけだったのが、いまは私も母に少しばかりの滞在費を渡すようになり、実家暮らしの時は挨拶ですら億劫がって無愛想だった弟が、最近では地元の人間にまつわる世間話や近況報告をする時間を惜しまずに長々と食卓にいて父母の相手をしてやっている。

夏の夕暮れに虫の声を聞いていると寂しくなる時もあるけれど、それはそれでいいんだよ、と父が言うので、何がいいの、と私が尋ねると、父はふさわしい言葉を探すように少し考えてから、「だって時間を感じられるから」。そんなことを言う。
その夜、両親が床につき、弟が奥の部屋に引っ込んだ後、真っ暗で静かな田舎の夜を、私は布団の中にもぐって眠りによって終わらせようとつとめ、その時だけは虫も眠り草木も休んでしまったのか、音という音もなく、ただ自分のつまらない寝支度のしぐさが立てる小さな音だけが暗闇を乱すように不粋に響く。

私がこの家に住んでいたとき。当時「時間」を感じるのも、いつもこんな時だった。
そんなことをふと思う。
家族の誰もが死んだように目を閉じて、自分だけが世界から取り残されてしまったような、そんな感覚に陥る時。私は猛烈に時間という形ないものを意識して、そこに「寂しさ」やら「怖さ」やら「自由」といった感覚が入り交じったものを漠然と心に持て余して、その状態ははて何だろうか、と考えては深く立ち入らず、その疑問自体と添い寝していたような覚えがある。そして、それは今でもあまり変わっていない。

東京で暮らすようになって、時々思う。
あの時、私が聞いていたのは多分静寂という音なのだろうと。今も、夜になるとすべてを消して、あの静寂が欲しくなる。体の外にも、体の中にも。静寂という音が懐かしい。それが父のように寂しさを味わうためなのかは、よくわからないけれど。
時間を思うことは、自分の生と死とを思うことでもある。そして、その抗えない自然の中で生きている自分と世界との別れを予感させるものが、寂しさ、というものなのかもしれない。

喘息持ちの子どもだった父は大人になっても相変わらず吸入薬を使って、発作を抑えるために通院を怠らない立派な喘息患者だ。
けれど、父にはどこかその病も自分には必要なものだと思っているふしがあって、話していても自分自身を面白がっている感じを受ける。
寂しさとの付き合いが長いほどに人は自由に気楽になるのかもしれない。父という人を想う時、私はいつもそんなことを考える。
posted by 2/5、地図書きのゆみ at 21:01| 東京 ☀| Comment(2) | 観(あのときはこうおもっていたようだ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月01日

ビバ!築地、ウニと私と地獄の融点

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炎天下、肉体の融点ありありと知る。
大江戸サブウェイにて登場したるわたくしは。
ほら、築地市場。
外側は真夏。
灼熱という現象を人文字で描いたなら、これ。
これか。
本能とエチケットの混在したる魔の夏の人間模様。
日傘、発汗、ゆるみたる肉、よたれる着衣。
にじみ出る肉汁、もとい皮膚より湧き出でる天然のポカリ・スウェッツ。
それらを際限なくしとしと押さえては裏返すハンケチのしぐさ。
鬱陶しく、せわしなく、みぐるしい。
なのに。
それでいて笑顔。
だって雲丹丼食べにきたから。
だって麦酒で打ち上げたいから。
灼熱地獄、日傘の下。
融けてゆきたる、みなさまとの境界線。

築地場内に足を入れたれば、男たち爆走。
一人用の立ち乗り車の荷台には海、乗せているらしく。
女、乗せたりなどしないらしく。
発砲スティロールづくりの大箱小箱。
地球の極を漂う氷山がごとく、エベレストがごとく。
積んで積み上げて、渾身のどや顔。
道聞けど無愛想。
冷やかしには無愛想。
そんなところがいいね、築地。
よく夏が似合うことよ。
posted by 2/5、地図書きのゆみ at 16:59| 東京 ☀| Comment(0) | 観(あのときはこうおもっていたようだ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月25日

夏のうた、三百曲

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永遠に大人げなく
不器用を謳歌するために
今日もぶらさがっている
手の平が、にまい、あわさっている

いったいだれに
たずねたらよいのか
刹那くわたくしに課された
生きるという仕事に
まだあきたりない、この不思議のこと

空から落ちてくるものが
もしも
とちゅうで引き返していったなら
また落ちてきてくれ
と祈るのだらうか
いまはよく、わからないことだ

(『雷と雨による三百曲』より抜粋)
posted by 2/5、地図書きのゆみ at 17:15| 東京 ☀| Comment(0) | 言葉で輪切りにした世界(わ!) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする