2014年06月26日

どこを見ているのと問われてもそれは。

magical.jpg
暦が改まる間にひとつか2つくらい、何かに徹底的にのめり込んでは飽きる、というなかなかけっこうな趣味を爾来続けて生きてきている。

なかば人生を賭けなんとする私のその勢いに、他人様はもうその道の玄人かそうでなくともそこに近しいものを目指して私がその後も現実的にひた邁進するのであろう、と感心と驚嘆とに半ば押し出されるようにしてはっきり予感を持つらしいのであるが、半年とたたないうちに当の本人がその猛烈な興味・実践の記憶を白紙がごとく脳から消し去ってしまうので、こちらにすれば久々に会った人からまったく自分の身に覚えのないドリームや野望の成果のほどを「あれはその後どうなっているのか」などと、さも大事めかした様子でもって尋ねられたりするものだから、なかなかに困るのだ。
そういうときにはまこと勝手と言われればその通りなのであるが、さも時代遅れの人間の話し相手をするときのように相手を見くびる気持ちを出しつ隠しつ、その存在自体も定かではない私の過去の壮大な趣味の顛末について他人事のように聞きあやし、遠くを眺めて時を数えるが常なること、なのである。

飽き性と言われればそれまでのことであるが、ひとつのことに執心して続けることと、ある地点で満足を得たらばそれをもって良しと自然心が離れることとを比べてみたときに、どちらかに軍配を上げるなど、たいへん無意味なことである。
飽きず続ける人は1つの乗り物に乗り続けるのが好きなだけのことであり、飽きて次のことにとりかかる人もまた、色々な乗り物を渡り歩くことで新鮮で新しい喜びを好んでいる。それだけのことだ。

だから本年、私は西洋占星術にたいへん凝り出したことについて、それが何か大惨事の前触れであるかのように眉をひそめる人もいるけれど、私は元来が飽き性であるからそういった予感の範疇にあるような大惨事は決して起こらないことはまちがいなく、しかしそうかといって着物柄物の流行り廃りを眺めるような感じで私の動向について「ああ、今年はそうきたか」と気にもとめない人に対しては、今度ばかりは分からないぞ、とその油断を戒める意味合いも込めて、いつも以上に熱心に天体の研究に耽り、よもや今度こそは、という一抹の危惧を与えたいなどとも思うこの頃である。


posted by 2/5、地図書きのゆみ at 17:54| 東京 ☁| Comment(0) | 観(あのときはこうおもっていたようだ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月18日

明るい星と家庭教師

trapist.jpg

じっさい宇宙人のことばかり考えている家庭教師はそんなにそうそう多くないのだろうとあなたが思うのならそれは大きな間違いで、やはり宇宙人のことばかり考えている家庭教師というのは世間一般に認知されているのと同じかそれ以上のかなりの人口にのぼっているし、彼らの大半はむしろそのために家庭教師をやっていて、それができなくなるくらいなら何のための家庭教師なのだと思っているし、その特権的自由を取り上げられるような危機が訪れようものなら、それこそ家庭教師権の侵害だ迫害だと家庭教師的正義を掲げて行進したり火炎瓶をそこらへんに投げつけたりといった強硬手段に出る人間はおそらく相当な数にのぼることだろう。それらのことははっきり言って、私のように常日頃家庭教師とごくごく身近に接している人間にとってはまったくもって易しすぎる方程式だ。

「しかし家庭教師とひとくちに言っても、いろいろな奴がいるだろう」という一部の(そして自分の知能が人並み以上だとさりげなく誇示したがる輩にありがちな)天邪鬼な見くびりがどんな事態を招くのか。まだ見ぬ未来の後日譚の苦々しさ。それさえも、私には預言者よろしく肌身骨身にびりびり沁みて頭にきているこの頃なのだ。

人生は暗い。
それでいいじゃないかとホトケが言った。
人生は明るい。
ときどき暗くなっても、まあいいじゃないかとカミはそう唱えた。
しかし人生が明暗のグラデーションで支配されることに苦痛をおぼえた人間は、自然なる明暗を廃し、電源スイッチを導入した。電源スイッチはオンにすると小さなランプが赤く光る。それを見て人はおお、と声を上げた。これでもう好きな時に明るくも暗くもなれる。そう気づいたのだ。

そうして手に入れた明るさも暗さも、単純に短期的な気分を味わうことができる、というそれだけことだったが、しかし気分は大事だった。暗くなれば点けて、明るくなれば消して、点けたままでも消したままでも特に文句は言われなかったし、むしろ電源スイッチの活用は善きこととして奨励された。
かくして人生はつまるところ明暗による気分の集合体なのだという、いささか単純すぎるけれど本質をつらまえた認識がしだいしだいに世界に水のように浸透していった。
そして、自然なる明暗の消滅とともに、それまでほの暗く、そしてときには明るいものとして確かに存在していた人生という一塊の物体は消え、それについて何事かを考える、などという雲をつかむような所業は、もはや不可能な、手の届かないものとして人々の生活からすっかり失われてしまったのである。

それが幸か不幸かはわからないが(私がこんなことを言うと、幸不幸でものごとを語るのも自然的明暗時代の名残りであるよと老人たちは目を細めるだろうけれど)、そう、ともかくそんなふうにして、世界に家庭教師が誕生したわけである。
posted by 2/5、地図書きのゆみ at 14:35| 東京 ☁| Comment(0) | 作り話(あっとうてきなしんじつ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月13日

五月雨組曲、針を落として

ryuubintai.jpg

五月雨どきともなると黒々とした森の中に住まっている
童話ワールドの心細き主人公の暮らし。
世界の薄暗さがいつもいつもで、飽きがくれば天晴れ五月晴れの本日。

テレビをオンすれば童話の森から世界蹴球戦争へと一挙にムードはシフトして、
蹴鞠報道の夥しさにこれもひとつの熱中症かと水道水をひた飲みて応戦。

この戦争よ、早く去れ。
心に思うも口には出さず、鍋で豆腐を煮込みつつ南米料理の味わいなどを思う。

たまの日曜。
なにするあてもなく日曜。
雨粒と屋根とで作曲されゆく即興インストゥルメンタルは、
誰の人生も誰の半生もぜんぜんちっとも含まずにしかも無料である部分が多いに安楽。
放っておくといつまでも聞く。
そうかといって毎日はいけない。
聞きすぎてはいけない。

日曜以外は五月雨組曲のレコード盤を棚にしまって、
職業従事という旗を手に行進曲の音量をおらおら上げねばならぬのだ。

わかってはいる。
わかってはいるのだー。
そこが密であり壺でありマヌカ・ハニーであると思う。

勤め先に健康不良を訴えた舌を折りたたんで屋敷の戸締り。
ただよう霧の中、工房に出かけてろくろを回す。手動で回す。
どんぶり茶碗をいくつか形成。
我がワールドカップここにあり。
である。
posted by 2/5、地図書きのゆみ at 17:38| 東京 ☁| Comment(0) | 観(あのときはこうおもっていたようだ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月11日

今日も泣いていい

地下喫茶室.jpg


牢獄に進んで押し乗り二十分
揺らぐる地面に噛む草枕

天竺の鐘つき棒を取り寄せて
はやばや祝う、はらからの老い

雨降りをとめる手はなく泣くままに
やさしき粒の音とりどりの色
posted by 2/5、地図書きのゆみ at 15:59| 東京 ☁| Comment(0) | 言葉で輪切りにした世界(わ!) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月02日

こんな夢の島に暮らそうか

夢の島.jpg

1年ほどかけて、少しじっくりとドライブをした。
車はニッポンレンタカー。
私ははじまりから終わりまで、ずっと助手席に座っていた。

ときどき炭酸水を口にふくんでは、窓の外の世界を眼の中に移した。
景色はなかなか流れてゆかず、そうかと思うと一瞬で走り去った。
過去にも未来にも道はまたがって、現在地点はほかでもない、鉄とガラスと有機物の組み合わさった、小さな、走る私たちだった。

目的地よりも熱心に、走りつづけることの不思議を私たちは思った。
折り重なる道すじと、悠然とした水の流れを渡る見知らぬ橋の長さと、市街地の起伏と、樹木のつくる影の形と、それらを結び合わせている現在という結び目のあまりにも無造作さな在り方に、私たちは時々おごそかに言葉を閉じた。

ゆき過ぎて戻ったら、そこは夢の島、という名前の場所だった。
夢の島。
実体なきものの名を冠したその土地の役割は都市の吐き出し続ける夥しい質量のため息を始末することで、それらの残骸を埋め立てた上に立つ熱帯植物園の巨大さは、どこかその牧歌的な名を固辞するかのように私たちを圧倒し、浅はかな感傷を振り払った。
夢の島。
ここも、きっとこの現在地点も、ずっとそういう場所でありつづけるのだろう。

私がそのことをはじめて言葉に出してみたあとに、そうだねと声が応えて、私たちはその夢の島に暮らす私たちのことをしばし思った。
posted by 2/5、地図書きのゆみ at 16:31| 東京 ☀| Comment(0) | 観(あのときはこうおもっていたようだ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする