2015年02月06日

りっすん、巨大な誕生日

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この世界とのお付き合いも、はや35めぐりを果たしつつ。
りっすん。たれぞ聞き取れますか。
流星がごとく去るこの命。
お別れし難き、地上の暮らし。果てなき果てなき美しさ。
あまねくすべての思い出たちが、けむりのように消え去る日。
それ思うたびにまた涙。
りっすん。しばらくご猶予を。
往生するにはまだ未熟。

posted by 地図書きのゆみ at 21:05| 東京 ☀| Comment(0) | 観(あのときはこうおもっていたようだ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

出口なき天麩羅戦争

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天麩羅戦争が起きてもう五年がたつ.
五年と言えば目まぐるしく移り変わる現代社会においては卑小ながら歴史年表上のひと塊とみなせる歳月である.

とかくこの五年間で世の中は回転した.
乳飲み子は飛び回り,内閣は爆発し,海の向こうからは新しい陸地が現れて,ただし戦局だけが不案内なままと与太与太と,歴史の最先端に陣取って動かずにいた.

天麩羅戦争の全体を知る人は決して少なくなかった.
インターネット回線の普及や地上デジタル放送の整備によって高められた
この国の情報配給システムがそれを可能にしたのだ.

だから,あの一連の出来事が戦争と呼ばれる一国の大事に至るまでの経緯を国中が漏れなく視聴していたことは改めてここに記すまでもない.
それは今となっては歴史的瞬間と名を冠せられ,世界人類共通の思い出となりつつある.

しかし,その情報共有の事実が膠着した現在にいたるまで何ら利益たりえなかったこともまた明らかだ.
むしろ今となっては,誰もが国の政治屋と報道係たちに事態を隠蔽してくれることをすら望んでいる.

あの開戦直後から五年間,天麩羅と名のつく代物は調理販売は勿論のこと,一般家庭の食卓においてすら咀嚼を禁じられて,天麩羅戦争にまつわる公明正大な情報公開が,国民生活をさらに不自由な出口なきものに追い詰めている.
posted by 地図書きのゆみ at 20:55| 東京 ☀| Comment(0) | 作り話(あっとうてきなしんじつ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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