2015年01月19日

会長と会長の戦いなのよ大河。

タイトル.jpg
数年前の大河ドラマ「平清盛」の終盤あたりをDVDで観ている。
この「平清盛」、映像としての見ごたえはもちろん、脚本が上手い。上手いんです。
キャスティングもここにこの人を投入しますか!と憎いくらい見事な布陣を敷いていて、まことに恐れ入ってしまう。
こんなにも見事な作品を作り上げたスタッフ陣はすごいです。すごい。
本当にありがとうNHK!!!

・・・と絶賛してしまうほどのドラマだったはずなのに、リアルタイムで放送していた当時の私は10月くらいで視聴を中止。
ちょうど清盛の人生が一旦落ち着いて、もう平家の地位は盤石だぞーみたいところで観なくなった。
大河ドラマを1月から夢中で観ていて10月でハタと見なくなるというのは何なんだろうと我ながら不思議になって、今回DVDを借りてきた。

タイミング的にも正月だし行くところもないしで、その挫折した10月からの分を見始めたらば、これが面白い。
何が面白いって、もう年取った清盛の迷走ぶりが面白い。
京都から福原(今の神戸)に一週間で遷都せよ、という無茶を強行したり、自分の3歳の孫に譲位しろと若干二十歳の天皇に迫ったり。各地で源氏が挙兵しているという情報が入っても、清盛の関心は新しい都の屏風にどんな絵を描かせるか、とそんな状態。ちょっとでも自分の思うとおりにいかないことがあれば、辺りかまわずヒステリックな八つ当たり。偉いおじいちゃん大暴走状態(笑)。
清盛.jpg

そして今回ドラマの終盤部分を観て思ったのは、この「平清盛」は中盤までは清盛の人生の上り坂を平家という武士の一族が覇権を手にいれるまでの道のりと並走して描き、後半では栄華を極めた人間の「老いらく」というものを手加減なしに見せてくれる。その後半の折り返し以降をここまで丁寧に描いていくところが、大河ドラマの中では珍しいよね、ということ。
(と言いつつ、大河のオーソドックスなフォーマットを熟知しているほどには私は大河ウォッチャーではない。あくまで数作品観た感想です)
清盛の「老いらく」の日常と武士という階層を平安時代カースト制度の最上層である殿上人まで押し上げた平家が滅亡へ向かう道のりとが重なっていて、それはそのまま平清盛という人物がいかに巨大なカリスマであったか、を物語ってもいる。

平安時代の頃の行政について、天皇に譲位して上皇または法皇となった元天皇が政治的な実権を握る院政というのが結構当たり前に行われていて、清盛も息子に平家の頭領のポジションは譲っても政治的な実権は握っているし、松田翔太演じる後白河法皇という清盛のライバルも、実際はとっくに天皇に譲位した立場で、でも政治的にはバリバリ現役なんだよね〜という話をドラマを観ていない人間に解説していたら、「ようは社長の座を退いた会長同士のいがみ合いだね」とあっさりまとめられて、ああ確かにそう言われればそうだそうだと妙に納得。

「老獪なるすごろく遊び」として描かれる清盛と後白河法皇の対決の中で、時代的にも貴族政治の形骸化はこんな形で進行していったのだな、武家の台頭というのは必然であったのだな、という腹落ちがあり、大河ならではの1年間というスケジュールでそれらを含む歴史的なグラデーションをじっくり見せていくことに成功している点がやはり素晴らしい。素晴らしいドラマだわ、「平清盛」。

posted by 2/5、地図書きのゆみ at 19:27| 東京 ☀| Comment(0) | 異世界曼荼羅(感想文) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。