2011年10月05日

牧歌的に描くならこれもまたメルヘン

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晩に食べる米がなくて両親が揉めているなどというのは少女時代ありふれた日常の1コマであったが,今にして思えば家庭経済がそれなりに逼迫していたという事実をよく表している.

経済がうまく回らないとなると,人間たちも余裕をなくすのは世の習いであろうか.
家人の行動がそれぞれに常軌を逸していたことは今となっては明らかである.

あるときなど私が小学校から帰ると台所に立った母が流しで家中の皿を割りまくっていたこともあるし,夜中に父親が自分の掛布団と敷布団を一式家から持ち出して,朝までひとり車中泊していたこともある.
小遣いを持つようになった私が時折書き置きをして失踪することもあったが,母もまたよく家出していた.
深夜,スクーターにまたがっての発作的な家出.
何があったのか聞いてみると,その理由はいつも漠然としている.
だってお母さん毎日面白くないんだもん.とか言う.

経済の困窮も久しくなった今でもときどき母は,午前0時を過ぎて栃木のファミレスの公衆電話から東京の娘の携帯に着信履歴を残したりする.
そんなとき私はまた何か人生が面白くないのか母は,と思いながら弟に救助を依頼して寝る.
つい数か月前などは家族に内緒でタクシーを呼び,宮城の被災地に単身乗り込もうとした.
足が悪いので玄関を出たところで歩けなくなって未遂に終わったが.
自力で歩行することもままならぬ身でいったい何をしに行くつもりだったのかは謎である.
こうして考えると,
母の単独行動だけは我が家の経済とはまた別の問題かもしれない.

私が結婚してから母はやたらと皿を送ってよこす.
あんたの家には皿が足りないから,などと手紙を書き添えて.
割る用の皿か?と訝しがりながらも有難く頂戴する.
いまのところ,それらは食事用にしか用いていない.
posted by 地図書きのゆみ at 22:43| 東京 ☔| 他生の縁(みのまわりのことなど) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月21日

わたしは自宅待機の勇者

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旅に出たくないのには色色わけがある.

まずは遠方へ出かけるほどに住み慣れた屋敷から肉体が離れ,その物理的な距離の巨大さにおののく心はぽきと折れ,つまりはこの身を貫く太き自宅愛ゆえのホームシック.

同行の人間たちが息をのむ素早さで我が家を懐かしむそこはまだ往路.

あるいは旅先の宿にて悩ましきことの最たるは弱小ドライヤーのため息がごとき微風.濡れ髪を持て余し生きた土左衛門となりて湯処より戻れば,何者かの手によって作戦終了後の室内.
すでに敷かれた敷布団掛け布団.
饅頭の白さの不気味な綿枕.
知らず本日はもう終了でございますと入眠のタイミングまでもが強いられてお得な宿泊プランはるるぶかどこかで予約したものだが,決して得をした気分にはなっていないのはどういうわけだ.
外も内もしんしんと静かな温泉宿の夜に口が話す言葉だけ妙に粒立って隣室近所迷惑を恐れ早く寝る.

愛読書もインターネットもはなまるうどんも手が届かない温泉街を激しく憎みながら,なぜうっかり旅に出たのかを自問し続けるはめになる率が10割.
寺や城を見物するは面白いが,その物見遊山のために他人がいつの間にか整えた布団で寝なくてはならないとすればどうか.

(深夜ドラマの「勇者ヨシヒコと魔王の城」は面白い.
ドラクエの勇者めいた出で立ちで仲間を連れて旅をする話だ.)
posted by 地図書きのゆみ at 16:25| 東京 ☀| 他生の縁(みのまわりのことなど) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月31日

おもいで世界は養命酒

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母が入院することになり,退院後に快適な療養生活を送れるよう,実家の環境を整えるのに手を貸せと父から電話がかかってきた.

早い話が実家の物置部屋に送り込んだ私の引っ越し荷物(引っ越しの際に捨てることも新居に運ぶことも出来なかった思い出のガラクタたち.大学生の時の荷物.芝居で使った衣装やら恋人への恨み事をつらねた未投函の手紙など)を始末するようにと通達を受けたのである.

旦那を置き去りにひさびさに1人で帰省するやいなや,開かずの扉を開けるはめになるが,まずは一杯麦茶飲み.

蜘蛛の巣と綿埃,じとじと湿った黴の匂いのただ中に、特大段ボールに10箱強.
さらに,海外旅行用に購入したトランクにもパンパンに荷物が詰め込まれて放置されているのを私は見た.
実家と若さに甘えての遠距離不法投棄的暴挙のなれの果てを三十すぎて間の当たりにするとは天罰か.

1つ,2つと箱を開けるうちに,端からメラミを唱えて燃やしてしまいたくなるいろいろな記憶.
そして,東京のマンションに持って帰るほどではないが,やはり捨てられない青春時代の遺品.
大学の講義のノートにはじまり,学生運動の片棒をかついでいたころのヘルメットやビラの原版.もはやあらすじさえも思い出せないフランス映画のパンフレット.「眺めるだけで痩せられる」というコピーのついた,怪しい催眠術師による謎のダイエット絵本.
「マジックを仕事にする」「美容師になるには」と題された職業案内本の数々.
あの頃,いったい私は毎日何を考えて生きていたんだろうか.
ほんの数年前のことなのにさっぱり思い出せない.
掘り出した品々をよりわけながら,自分のしてきたことが他人事のようにどこか理解の範疇をはみ出していく.

そのうち,実家で過ごしていた子供時代の写真やノート類なども部屋の隅から出てきた.
適当に漁っているうちに,ふと一枚の写真を手に取る.
そこには大胆に手脚やお腹を露出した少女の姿が.
何かいけない写真かと思ったら,それは自作のコスプレ衣装を身にまとった小学4年生の私自身であった.
コスプレのテーマは「不思議の海のナディア」.
写真を見ているうちに記憶が甦ってくる.
この写真を撮影した日は自転車で奔走したあげく,なけなしの小遣いをはたいて近所の駄菓子でブルーウォーターらしき首飾りを買い求めたのだ.
さらに,一冊の同人誌が段ボールから出てくる.
また忘れていた過去を思い出した.
雑誌投稿が縁で知り合ったゲーム同人の同人誌に参加した小学6年の秋.
その当時の自分のイラストが載った雑誌の切り抜きファイルを発見する.
歴史を塗りつぶしたくなる恥ずかしいペンネーム.
イラストの脇に添えられているのは,万死に値する浮ついたコメント.
消せるものなら消してしまいたい.

あの頃はお金がなくてハガキが買えず,画用紙をハガキ大に切りぬいたものに絵を描いてしつこく投稿していた.
ドラクエやFFに登場する半裸の女性キャラクターを一心不乱に(月に100枚くらい)徹夜も辞さずに描いていた内向的な少女時代.
もしも自分に娘が生まれたら,そんな風にだけは育ってほしくないと思う.

それからぽつぽつと歌の歌詞のようなものが綴られたノートが出てくる.
そうだ.
コミケの閉鎖的な文化に絶望した中1の夏.
あの日,私は漫画を描くことをやめて,歌手になろうと思い立った.
全世界に通じるような美しいメッセージを音楽でつむぐのだ.
そしてその日から歌を作りはじめた.
若さゆえの吟味を知らない瞬発力はすさまじい.
そこからしばらくの間は本気で自分が歌手になれると思っていた.
しかし,独学で励んだ半年間のボイストレーニングの後,
夢見がちな少女はとつぜん悟る.
正しい音程で歌えないのは気のせいだろうか.
いやむしろ,正しい音程というのが未だによく分からない...
けれど,その漠たる予感から自分が宿命的な音痴だということに気がつくまでにはさらに3年ほど歳月を要した.
中学時代友達らしきものが一切できなかったために,友人の1人が一緒にカラオケに出かけて私の音痴を指摘してくれる,などというほろ苦いハプニングも起こらなかったせいだ.
そして,高校に入ったらバンドを組もうと思っていた矢先の中学3年生,修学旅行のバスの中でひとりZARDを熱唱し,クラスメート全員に爆笑されるという衝撃の事件があってはじめて,私は歌手には向いていない.そう思った.

結局,大学時代の荷物や芝居で使った諸々の品物を処分して,門外不出の歴史の遺物のみ東京へと搬送した.
そうやすやすと夢が現実に変わることはないと知る前の,あの無邪気な全能感に包まれた黄金時代の記憶こそ,夢見ることに頓挫した今の私には養命酒.
自宅に届いた荷物を前に夫が「君,変な子だったんだね」と妻の過去を評しつぶやいたとしても,その薬効は存分に発揮されること請け合いである.

posted by 地図書きのゆみ at 22:22| 東京 ☁| 他生の縁(みのまわりのことなど) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月12日

誰も彼も贈答は未熟

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離婚したばかりの友人と会うのに,
何か慰めになればと思い,
市販の小説を選ぶのだがこれがなかなかにむつかしく,
夫婦にまつわる小話は生々しかろうと遠慮すれば,
あまりに能天気な青少年の与太話では
何をのん気な,と彼女.
腹も立ちすなると書棚へ返却.
さりとて苦労人の不幸譚を贈りもすれば,
貴殿の悲惨の上には上がと,
なにやら説教めいたものを匂わせはしまいかと
思われて却下.
これ,という確信も得られぬまま,
穂村弘の「現実入門」に思いを託す.

誕生日の数日前に,
実家の家族から
手紙と記念品の腕時計が送り届けられたのだが,
いよいよ明日という前日に母よりの電話.

お贈りした腕時計のことだけど,
ちょっと貴女には地味すぎるので,
お母様も時計を買うからその新しいのと交換をしましょうよ.
あなたにあげたその時計,
お母様にはぴったりだから.
お母様にも必要なのよ,銀色のやつが欲しいのよ.

電話が切れて,時計をはずす.
針が進んで三十歳.


直子さんからメールが届く.
「おいでやす新しい世界へ」

直子さんの住まいは京都の地蔵がたくさん
いる土地らしく,
会社帰りに地蔵につかまりそのまま帰宅.
家に棲みつく輩も多いという.

よければ地蔵を差し上げるけれど
気難しくてあなたみたい.
年の数だけ地蔵を持てば,
少し体力つくかもね.

じゅうぶんじゅうぶん,お気持ちだけで.
かさばるものなら尚のこと.
私によく似た地蔵など,
お話だけで手いっぱい.

いまだ昨日と地続きの,
ここは三十代の国.
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2010年01月14日

葱のミルク化現象

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このところ薬膳料理にはまっていて、
毎日の料理にとにかくネギをよく使う。
なんだか知らないけど、
ネギは体を温めてくれるらしいのだ。

薬味にはもちろん、煮たり、炒めたり。

そのせいで冷蔵庫には常にネギが。

我が家は買い置きをしないほうなので、
あまり品揃えが多くないのがいつものホワイト・フリーザーだ。
しかし春夏秋冬、いつも牛乳だけは切らさないことになっている。
猫舌の私は必ず熱い飲み物を牛乳で割るし、
旦那はコーヒーをカフェオレにしないと
飲めないカフェオレ兄さんだからだ。

そんな牛乳と並んで、冷蔵庫の常連、いや
番人と化したネギ。

二者間のコラボはいまのところまだないが、
いずれ、あの二人しか残っていない、万事休す、
みたいな夜が来ることだろう。給料日前とか。
そのときには多いに活躍を期待したいと思う。

posted by 地図書きのゆみ at 23:58| 東京 ☀| 他生の縁(みのまわりのことなど) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月11日

木月と寛大トレーニング

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キヅキ氏と旦那とが夜町に二人会し
晩酌の座をもうけるというので、
労働ののち一人ふてくされ帰宅後のわたしは真実に孤独。
寒居にて紅鮭を一切れ蒸しては
湯気にばかり包まれていると着信。
いざいざ宴の熱にあたりに来てはどうか今からお前も、
という誘いなのである。

右目左目コンタクトレンズは既に泉の中で浸水し、
脱ぎ捨てたメリノウールと
ようよう人肌に温まりつつある
皺皺のパジャマの後ろ前は今日も不覚。
お気持ちだけでと配偶者ゆえの遠慮。
ゆえの期待。のちの承諾。
置き去りの紅鮭。

身支度のお手間はもはや前戯と
誰ぞのたまう急行列車にて。
降り立てば繁華街のうるさき様が
小耳をぞくぞくと引き立てるポン引きの隙間。
水流をのけるように捌くように縫い歩く
目的の店はいずこ。

ランプ灯りが命の憩いの酒場の名は「海」。
不案内な電話ごしの道案内にようやく辿り着けば
マヨネーズ塗られし眼鏡かける我が最愛の人。

美しきカーブに縁取られし薄型レンズに、
無数の指紋が力強く油でスタンプされている現在は
購入から三ヶ月。
バラエティかバラエティかと
まだ素面のわたしばかり苦悶。

しかし酔いは2割を5割にし、
暴挙を心意気に言い換える午前0時。

キヅキ氏は褒めてほぐして妻の心をさしあたり掌握。
わたしのファンだとまで持ち上げるので
まんまと我が城は陥落し、
傀儡政府が立つや立たずや
というところで夫の密やかな嘔吐。

不可侵の約束を暗黙に取り交わして解散は解散。
ワッツアップ深夜料金。
タクシーに乗ると口をつく御免下さい。

posted by 地図書きのゆみ at 19:54| 東京 ☁| 他生の縁(みのまわりのことなど) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月08日

前略・秘密のおかあさま

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まったくもって、わたしの母の話をすればきりがない。

一ヶ月ほど前のことだ。

ろくなものを食べず干からびがちな娘のために、
実家の母が食料品をつめた荷物を送ってよこしてくれた。
発送のその折に、私の携帯に母からのメールが入る。

「本日、荷物おくりました。
ひみつの品物が入っているよ!たのしみにね(・0・)」

すこしばかり、思わせぶりな内容である。
ううむ、「ひみつの品物」って一体なんだろう。
何かわたしが欲しがっていたものか、
どこか旅行にでも行った際の土産物か何かだろうか。
考えても見当がつかない。
とりあえず荷物の到着を待つことにする。

数日後、アパートに小包が届いた。
さっそく中を見てみる。
魚の缶詰、野菜、豆腐、菓子類、その他食料品がひしめく
箱の中身は食糧事情の芳しくない我が家の台所で
光を放つこと金塊のごとしである。
ああこれでしばらくは慢性的な栄養不足と手が切れることであろう
ははのあい、ははのあい、すばらしきかなははのあい。
ひととおり救援物資の検品をすませ、冷蔵室や食器棚の隙間に
それらを詰め込み、やれやれとくつろぐ。
と、何か忘れていることに気がついた。
そうだ!
「ひみつの品物」はどこだろう?
さきの金塊たちの中にそれらしい物は見当たらなかった。
ひょっとして、母が入れ忘れてしまったのか。
それともわたしが気づかないだけで、
何か我が家にまつわる思い出深い食べ物でも
入っていたのだろうか。
もしそうだとしたら、その食べ物がいったい何なのか
娘のわたしが忘れているという事態はけっこう気まずい。
母の愛に全然こたえられないダメな娘だ。

おそるおそる、母の携帯に荷物をありがとうとメールを送る。
すると、すぐに返信がきた。

「無事に届いたようでよかったよかった。
 ひみつの品物はわかったかな?ひみつの品物は、とうふでした!」

ひさしぶりに驚いた。

いったいどういうことなのか、
母の思考回路がさっぱりわからない。
確かに豆腐は入っていた。
しかし、なぜ豆腐が秘密にされなければならないのか?
いても立ってもいられなくなり、思わず実家の電話を鳴らす。

「ねえ、ちょっと。なんで豆腐が秘密の品物なの?」
「だって、ふつうは宅急便で豆腐なんか送らないでしょ。
宅急便屋さんもまさか荷物の中に豆腐が入ってるなんて思わないでしょ。」

秘密っていうのはそういうことじゃないだろう!
電話なんかするんじゃなかったと、
激しく後悔して携帯を折りたたむ。

いつもこうなのだ。
母を通じて、この世界には自分とはまったく異なる軸で動いている人間が
いることを思い知らされるのだ。
追い討ちをかけたのは、荷物に同封されていた父からの手紙である。
近況報告やわたしの健康を気遣う内容を読み進むうちに、
大変なことに気がついてしまった。
なんと、文章の途中から何の前触れもなく
筆跡がいきなり別人のものに変わっている。
母の字だ。

どうしてだ。
どうして何のことわりもなく、
一通の手紙を二人で合作で書いてしまうのだ。
母も母だが、父ももう少し頑張れなかったのか。
せめて、二人の文章の間を一行あけるとか、
末尾に誰が書いたか署名を入れるとか、
いくらでも出来たはずだ。
父の書いた「そういえば」の次から、
母の「最近困っている」話が始まっているのはいかがなものか。











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2008年01月16日

血縁という名の不治の病

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胃が治ったと思ったら、
こんどは咳がとまらない。

『とまらない咳・ザ・2008・冬(ウィンター)!!』

夜になると呼吸困難になるほどの手ごわい発作なので、
こりゃあ不治の病かねぇ弱った弱った、などと
四六時中けろんけろん咳き込んでいると
咳のしすぎで肺や肋骨が痛み始め
本格的に病人めいてくる。

良識ある友人たちは
そんなわたしの苦しげな様子を目にするなり
「病院に行けよ」
と口にするでもなく、黙ってタウンページをめくりはじめる。

だからというわけではないが、
先日病院に行った。

診断結果は「気管支炎」。

不治の病ではなかった!

ばっちり入院の心づもりをしていたのに
投薬で様子を見ましょうとはどういうことだ。
何と保守的な治療方針。
だが不満はない。
先走った気持ちが折れただけだ。
気管支炎の治療薬を求めて、薬局に向かう。

薬局のカウンターで
この店で一番高いやつをくれ!
と声高に申し付けると
「処方箋にないお薬は処方できないんですよー」
と薬剤師。
もちろん知っている。
言ってみただけだ。

三種類の粉をブレンドして薄紙に閉じ込めたものを
二週間分ぎっしりと袋につめてもらう。

蛾や蝶も、このようにして燐粉を仕入れているのだろうか
と考えてみるが、確かめる手だてはない。

薬局を出て、うららかに晴れた阿佐ヶ谷駅までの散歩道を
歩いていると、実家の母から携帯にメールが入る。

「さっき狭心症の発作で倒れちゃいました(>O<)
 すごく苦しいよ!でも心配しないで(*⌒∇⌒*)♪」

飲み込めない。

母親の意図が飲み込めない。

しかし確かなことは、
母もわたしも健康に気をつけなければいけないし、
「この血縁関係こそが不治の病なのではないか」
という漠然とした暗い予感が
あながち間違いではないという事である。





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2007年07月21日

本厄辞退レター

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あんにょんあんにょん。

点眼液で瞼日常をひたひたにせよと
国境線と無関係な医師団は預言者の言葉を告げるのでござりました。

「己が瞳の淵にはかつて栄華極めたるモノモライ遺跡が
その姿形を密かに留め、復活の機会を現在か現在かと窺っておる。
数日のうちに右の瞼に降りかかりたる呪い解けぬ時は天誅。
旧約の書語るソドムとゴモラが都市の如く、
神の御手によりこの世界から永久に摘出される運命を辿るであらう。」

鑑みれば祈るより術なしと粗塩など小皿に盛り
そこかしこに配備するも心安まらぬ右眼病みの女。
それがわたくしでござります。
その合間にも気紛れを起こしたのか我が屋敷を訪ねる人があり、
共に菓子など喰い散らかして逢わぬ人の噂に興じて滅ぼすこと数刻。
客人の帰りたる後は
また元の鬱々と所在ない気持ちがどう仕様も無くぶり返してくるのでした。

そんな薄暗い心持ちで、よくよく辺りに散り重なりたる日々を照らし見つめてみますと、如何にも雨風いよいよ激しい事の次第であったなぁと我が事ながら感じ入ってしまうのであります。
身躯の不具合ならば処方もありますからまだよい方で、掴みきるには形定まらぬ悩ましげな事どもに心蝕まれその因果の末に人様と悶着を起こすことも少なかったとは申しません。
諍いの果てた後に涼しい観音顔で、折れ曲がった自他の心根に滋養の種でも蒔くことができたならばどんなにか報われたことでしょうが、凡夫にはそれも大層過ぎた仕業に思われて結局は力及ばず叶いませんでした。

つい先頃、見兼ねた人がわたくしはじめ一族郎党の行く末を案じて暦やら姓名やらを取り出だしては迷信深くも遠方の神社なぞに詣でてくれたのでござります。神頼みにすがるというのは精神体躯の弱り果てた証のような気持ちがしまして始めは話半分にあしらってはおりましたが、その人の仰るところによりますと現在はもう半ば過ぎ去ってしまったこの御年といいますのがわたくしにとっては厄の弱いものがうっすら全体に侍る年だという事で。
取って付けたような言い草をつい撥ね付けたい気がしないでもありませんでしたが、そこはやはり気性も音無しくなっていたのでござりましょうね。ああそういう経緯であったのならば、致し方の無いことではあるなぁなどと腹から地に向かって何かストンと合点がいったのでござります。
骨を手折ってくれたその人へ冷麦やら唐土の煮た奴をつぶつぶと振舞いながら、一度はそのようにわたくしの胸の内もどこか平らかになっておりました。
ところが、ふと先程その人が告げた御神託の詔というやつがわたくしの心にまだ粕のように留まっているのに気がつきました。厄の弱いのがこの一年について廻ると言うならば、弱いところなど過不足ない一人前の厄について廻られた暁には、容易く折れるわたくしの心身という奴は一体如何様な運命を辿ることになってしまうのでありましょうか。

点眼の儀は怠らず、右目と言わず両の瞼をひたひたと薬液に浸す覚悟はできております。
しからばどうぞ、強靭無敵な厄の訪れは、こちらの支度が調うその時まで
何卒しばらく見合わせていただきたくお願い申し上げる次第にござります。

かしこ。



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2007年02月02日

韋駄天の手招き

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バルタン星人を主成分とする西新宿・高層ビル街

そこでは

灰色の巨大クレヨンたちが、情け容赦なく天空へと突き刺さり

金属製のエレベーターが昼夜を問わずピストン運動を繰り返す。

そこから押し出され、コンクリート砂漠へと放出された人々は

凍える手指を吐く息で溶かしつつ、

エネルギー補給スポットを求めて昼夜さまよい歩く。


どこまでもバルタン星人的素材感を保って、風景は続く。

目印はない。

あるのは間違い探しのような看板のみ。

「三井住友ビル」「三井ビル」「住友ビル」
「西新宿ビル」「新宿西口ビル」「新宿NSビル」・・・・・

そんな迷宮のごとき街並みを前に

人は、砕いたビスケット(貴重な食料である)を

その足跡に撒かずにはいられない。

数時間後、それが命とりになることを承知の上で・・・。


韋駄天が我々を呼び出したのは、

よりにもよって、そんな西新宿である。


弟が言う。

遅いな。

姉が答える。

なかったことにして、帰りましょうか。


「そんな勇気があれば」


警笛のごとく、弟の携帯電話が鳴った。

そのピアノの旋律は、シューベルトの「魔王」。

韋駄天の足音と同じ音色だ。

「もう、すぐ近くに来てるらしい。」

電話器を耳から離し、弟がそう告げる。

そう。

わかったわよ。

ここに来る前にあきらめはついていたわ。

それにどのみち、

韋駄天に会うまで

私たち二人は、このラビリンスを抜け出せないものね。


向かった店は、

苔のようにひっそりと、ビルの谷間で我々を待っていた。


「久しぶりじゃないか。」

韋駄天は窓際の席に居た。

やはり今日も、相当の距離を走ってここまでやって来たに違いなかった。

履き込んだ運動靴と、スポーツウェアを身にまとっている。

その姿は、まるでアニメキャラクターのように、数年前と寸分違わない。

「お母さんは、元気にしているのかい。」

前菜がわりの世間話や差し障りのない近況報告が続く。

郵政民営化で配置替えになりそうだの、

正月休みをまとめて二月にとるだの。

「玄米があるじゃないか。」

メニューを眺めると、

韋駄天は目を輝かせて注文する。

変わらぬ自然食主義。

変わらぬ三人のぎこちない会話。

姉と弟は曖昧に口を動かしながらも、

核心をつかれる瞬間に思いを馳せては、心を硬くし続ける。

そして、午餐も終わりに近づいた時。

「まだ、煙草はヤッてるのか?」

ついに韋駄天が口火を切った。

始まったのだ。

「ああ。」

でも人前では控えているよ。

弟の返答が終わるのを待たず、韋駄天が言う。

「アレはよくない。魂を腐らせるからな。」

煙草のことである。

かねてより、韋駄天は弟に禁煙を迫っていたのだ。

「じゃあ、走ってないんだな?二人とも?」

そうね。

そうだな。

「まあ、仕事が忙しいのもあって。」

ガラスの向こうにぼんやりと立っている

東京都庁をしばし見つめると、

悲しい顔になって韋駄天は言った。

「心肺機能が泣いてるぞ。」

実は来月、

素晴らしいレースが開かれるんだ。

第一回東京マラソンだよ。

この都庁を出発点として、コースはお江戸をぐるり回遊する。

日比谷公園を抜けて浅草に参拝、

銀座をひやかして、最後はお台場へとたどり着く。

夢のような道のりだよ。

都心の交通網を麻痺させて、人々を自足移動に回帰させるんだ。

出場枠は三万人。それに対して、十万人の応募が殺到してね。

運悪く、私は抽選にはずれたんだが。

勿論

あの手この手でどうにか出場権は手に入れたよ。

想像してごらん。

健脚の強豪たちが、

三万人を引き連れて

この大江戸を爽やかに駆け抜けていく、その様を。

「いいだろう?」

走りたくなってきただろう?

姉は

その言葉に

走りたくなってきているのか?

と自問自答をし始める。

そして

私はもしや、

走りたくなってきているのかもしれない。

そんな可能性を考慮している事自体に、

走ることに興味を持ち出した己を発見し、

それがさらに走ることもやぶさかではない

という前向きな気持ちを植え付け、

やぶさかでないのなら

いっそのこと走ってしまえばいいじゃない

などと一気に走ることへの意欲が加速し、

ならばちょうどいい機会だ来月は、などと

いよいよ積極的に走ることを検討しはじめ

ではでは具体的にはどんなトレーニングをしようなどと・・


「実は最近ヘルニアが再発してさ。」


韋駄天の繰り出す呪文を、弟が斧の一言で断ち切った。


「激しい運動は控えろって医者が。」

ヘルニア。手術したんじゃなかったのか。

「だから、再発したんだよ。」

ヘルニアが?

「ああ。」

姉ちゃんもな?

あ、うん。走ると心臓が止まるからあまり走るなって医者が。

心臓が?

うん。

止まるのか?

うん。走るとね。

「そうか・・・。」

心臓が止まったら、レースの完走は難しいな・・・。

意気消沈した韋駄天は自らを慰めるためにか、お汁粉を注文した。

炭水化物をとっておくんだ。

この後皇居の周りを走るから。

姉と弟は、

その最後のひとすくいまでをじっと見届けることにした。


「また、食事でもしよう。」

店の前でそう別れを告げると、

皇居を目指して韋駄天は走り去った。


数年ぶりに会う韋駄天は、

何一つ変わることなく

「走ることの素晴らしさ」と「何故走らない?」

という自らの人生のテーマソングを

ひたすら歌い続けていた。

その教えが、

人によってはなんらかの幸福をもたらすものであることは

姉も弟も承知している。

しかし、

走ることに中毒した父と、

そんなジャンキーな夫に疲れ果てた母を見てきた姉弟には、

「走ることに夢中」というのが

酒や女よりある意味たちの悪い

健康的な麻薬に思えてならないのであった。


「危ないところだったぜ。」

振り返ってみると

弟の煙草から立ち昇る紫煙が

日曜日の彼方に

ラビリンスの出口を指し示していた。




























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