2015年02月06日

りっすん、巨大な誕生日

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この世界とのお付き合いも、はや35めぐりを果たしつつ。

りっすん。

たれぞ聞き取れますか。

流星がごとく去るこの命。
お別れし難き、地上の暮らし。
果てなき果てなき美しさ。

あまねくすべての思い出たちが、けむりのように消え去る日。
それ思うたびにまた涙。

りっすん。

しばらくご猶予を。
往生するにはまだ未熟。

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2015年01月05日

何か新しそうなことを記すべく起立。

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遅ればせながら、謹賀新年。

いろいろあってわたくし、いま缶詰になっております。
大晦日も、お正月もなく、初詣にもゆかず。

なぜなら缶詰中の人間には缶切りが買えぬからなのです。
缶切りを買いにゆくこともできぬ状態にあるからなのです。
お餅は盗んで食べました。
電気はほとんどつけません。

兎にも角にも幸せです。
幸せの中に自らをぎうぎうづめにしております。
わたしが泣いても素知らぬ顔で。
この三ヶ月が終わるまで。
音信不通はご容赦を。

どうぞ幸多き一年をお過ごしください。
とりいそぎ年始のご挨拶まで。
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2014年09月20日

父と時間

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夏生まれの父は、喘息持ちの子ども時代を虫の声を聞きながら過ごしたのだという。それはインターネットの誕生なんてまだ誰も想像してもいなかった、けれどそう大昔というほどでもない、昭和の時代の昔話だ。

その頃は夜も更けて家人が寝静まる時間になると、決まって息苦しさと発作の不安が父の子どもらしい無邪気な眠りを妨げるのが常で、布団の中で寄せては返す安楽と苦痛の波のような時間に身体を浸しながら、朝がくるのをひとりぼっちで待つしかない。時に鉄道の本を枕元に広げながら、時に季節によって入れ替わる虫たちの声を聞きながら、子どもだった父は自然あれこれ考えごとをして過ごすのが当たり前になったのだという。

その当時の記憶をもう子どもではなくなった父が私に話すとき、いたずらを自慢する子どものように父はなぜか少し得意げで、幾度も聞かされた病の話なのにも関わらず、そこに病弱だった自分への憐れみのようなものが微塵も混じっていないせいだろうか。私もそれを父の少年時代の良き思い出話として記憶している。

ちょうど夏生まれの父が今年65歳の誕生日を迎えて、嘱託で続けていた仕事からもついに足を洗うというので、ふたつの出来事を合わせて祝う会を母の主宰で開いたのが先月8月のことだった。その夜もまた同じ話をしながら父は相変わらず夏を褒め、その時期に鳴く虫たちはいいなぁとつぶやき、そしてやっぱり父さんは夏が好きなんだな、と子どものように結論すると、誕生日だからと特別に許された上限なしの晩酌を満喫しようといそいそと手酌に励んでいた。

緑が沢山あって、と言えば聞こえはいいが、手入れせずにいるとたちまち家屋を飲み込んでしまう野生の植物たちに包囲された古く安普請の我が家では、家の中にいても外と変わらずに自然の音がとても近い。むしろ、家の中にいる方がその感覚が強まるのかもしれない、とも思う。雨音も風の強弱も木々の枝葉によって大げさに誇張されて響くような気がするし、虫たちの声は効果音かBGMのようにあまりにも近く、帰省するたびに東京暮らしに慣れた私はそのことに驚くのが常である。

その日、午前中に東京での用事をかたづけてから私が地元の駅にたどり着いた頃には、一日はもう折り返して夕暮れ時になっていたけれど、吠えるように鳴く蝉たちと交代で日暮れからは秋を運ぶ虫たちの涼やかな声が晩菜の時間を通してずっと消えなかった。
父は夏の暑さやそれにまつわる良き記憶がそうさせるのか、めずらしく言葉多く語り、盃を重ねていた。

誕生日や記念日にかこつけて年に数回催されるこの家族の集いは、回を重ねるたびに東京で暮らす私や地元で1人住まいをしている弟が、もうそれぞれの暮らしの主であることを自然と悟る機会でもある。
若いころは持参するのが浅草駅で買う菓子折りの「ひよこ」だけだったのが、いまは私も母に少しばかりの滞在費を渡すようになり、実家暮らしの時は挨拶ですら億劫がって無愛想だった弟が、最近では地元の人間にまつわる世間話や近況報告をする時間を惜しまずに長々と食卓にいて父母の相手をしてやっている。

夏の夕暮れに虫の声を聞いていると寂しくなる時もあるけれど、それはそれでいいんだよ、と父が言うので、何がいいの、と私が尋ねると、父はふさわしい言葉を探すように少し考えてから、「だって時間を感じられるから」。そんなことを言う。
その夜、両親が床につき、弟が奥の部屋に引っ込んだ後、真っ暗で静かな田舎の夜を、私は布団の中にもぐって眠りによって終わらせようとつとめ、その時だけは虫も眠り草木も休んでしまったのか、音という音もなく、ただ自分のつまらない寝支度のしぐさが立てる小さな音だけが暗闇を乱すように不粋に響く。

私がこの家に住んでいたとき。当時「時間」を感じるのも、いつもこんな時だった。
そんなことをふと思う。
家族の誰もが死んだように目を閉じて、自分だけが世界から取り残されてしまったような、そんな感覚に陥る時。私は猛烈に時間という形ないものを意識して、そこに「寂しさ」やら「怖さ」やら「自由」といった感覚が入り交じったものを漠然と心に持て余して、その状態ははて何だろうか、と考えては深く立ち入らず、その疑問自体と添い寝していたような覚えがある。そして、それは今でもあまり変わっていない。

東京で暮らすようになって、時々思う。
あの時、私が聞いていたのは多分静寂という音なのだろうと。今も、夜になるとすべてを消して、あの静寂が欲しくなる。体の外にも、体の中にも。静寂という音が懐かしい。それが父のように寂しさを味わうためなのかは、よくわからないけれど。
時間を思うことは、自分の生と死とを思うことでもある。そして、その抗えない自然の中で生きている自分と世界との別れを予感させるものが、寂しさ、というものなのかもしれない。

喘息持ちの子どもだった父は大人になっても相変わらず吸入薬を使って、発作を抑えるために通院を怠らない立派な喘息患者だ。
けれど、父にはどこかその病も自分には必要なものだと思っているふしがあって、話していても自分自身を面白がっている感じを受ける。
寂しさとの付き合いが長いほどに人は自由に気楽になるのかもしれない。父という人を想う時、私はいつもそんなことを考える。
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2014年08月01日

ビバ!築地、ウニと私と地獄の融点

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炎天下、肉体の融点ありありと知る。
大江戸サブウェイにて登場したるわたくしは。
ほら、築地市場。
外側は真夏。
灼熱という現象を人文字で描いたなら、これ。
これか。
本能とエチケットの混在したる魔の夏の人間模様。
日傘、発汗、ゆるみたる肉、よたれる着衣。
にじみ出る肉汁、もとい皮膚より湧き出でる天然のポカリ・スウェッツ。
それらを際限なくしとしと押さえては裏返すハンケチのしぐさ。
鬱陶しく、せわしなく、みぐるしい。
なのに。
それでいて笑顔。
だって雲丹丼食べにきたから。
だって麦酒で打ち上げたいから。
灼熱地獄、日傘の下。
融けてゆきたる、みなさまとの境界線。

築地場内に足を入れたれば、男たち爆走。
一人用の立ち乗り車の荷台には海、乗せているらしく。
女、乗せたりなどしないらしく。
発砲スティロールづくりの大箱小箱。
地球の極を漂う氷山がごとく、エベレストがごとく。
積んで積み上げて、渾身のどや顔。
道聞けど無愛想。
冷やかしには無愛想。
そんなところがいいね、築地。
よく夏が似合うことよ。
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2014年07月02日

家族、店じまい

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ふたりの子どもたちが、家族という大きなひと塊から熟した実のようにほろりと巣立ち、アスファルトを持ち上げる緑が深々と繁る庭へと目をやれば、夢中でそこを駆け回っていた獣はうすく小さな白い骨の破片になって、もう動かない。

編み合わされた2人の男女の人生が、そこで古びて、そこに色をにじませて、今では死ですらも分かつことのできない、はっきりとした一本になったことを、20年近くかけて堆積した思い出の品々の中に、わたしは眺めた。

逃れたくてもがき、恨めしく憎んだその土地のことを、わたしの心は今でも故郷などという親密な呼び名でもって、慕うことができない。
けれど。
その土地の片隅でわたしたちが家族となり、より合わさって生きていた時間までをも疎む気持ちはもう起こらない。
かわりに、古びた食器棚や色あせたアルバムをたよりにしなければ自分の記憶の中にさえ、そうたやすくは見つからない、こまごまとした思い出の手触りが、夥しい品物や処分される家屋敷と共にどこか遠くへ、永遠に持ち去られてしまうのだという、そんな焦燥に似たさびしさばかりが、苦しいほどに胸に兆してくる。

その人は母として、その人は父として、この家族を全うしてきたのだ。
そんなことを、年老いた娘も、年老いた息子も、言葉なくお互いに確かめ合いながら長い長い夜を過ごし、そしてまた自分たちの住処へと戻る。
雨は垂れ、空からは突然に稲妻が刺さる。
posted by 2/5、地図書きのゆみ at 15:16| 東京 ☀| Comment(0) | 観(あのときはこうおもっていたようだ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月26日

どこを見ているのと問われてもそれは。

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暦が改まる間にひとつか2つくらい、何かに徹底的にのめり込んでは飽きる、というなかなかけっこうな趣味を爾来続けて生きてきている。

なかば人生を賭けなんとする私のその勢いに、他人様はもうその道の玄人かそうでなくともそこに近しいものを目指して私がその後も現実的にひた邁進するのであろう、と感心と驚嘆とに半ば押し出されるようにしてはっきり予感を持つらしいのであるが、半年とたたないうちに当の本人がその猛烈な興味・実践の記憶を白紙がごとく脳から消し去ってしまうので、こちらにすれば久々に会った人からまったく自分の身に覚えのないドリームや野望の成果のほどを「あれはその後どうなっているのか」などと、さも大事めかした様子でもって尋ねられたりするものだから、なかなかに困るのだ。
そういうときにはまこと勝手と言われればその通りなのであるが、さも時代遅れの人間の話し相手をするときのように相手を見くびる気持ちを出しつ隠しつ、その存在自体も定かではない私の過去の壮大な趣味の顛末について他人事のように聞きあやし、遠くを眺めて時を数えるが常なること、なのである。

飽き性と言われればそれまでのことであるが、ひとつのことに執心して続けることと、ある地点で満足を得たらばそれをもって良しと自然心が離れることとを比べてみたときに、どちらかに軍配を上げるなど、たいへん無意味なことである。
飽きず続ける人は1つの乗り物に乗り続けるのが好きなだけのことであり、飽きて次のことにとりかかる人もまた、色々な乗り物を渡り歩くことで新鮮で新しい喜びを好んでいる。それだけのことだ。

だから本年、私は西洋占星術にたいへん凝り出したことについて、それが何か大惨事の前触れであるかのように眉をひそめる人もいるけれど、私は元来が飽き性であるからそういった予感の範疇にあるような大惨事は決して起こらないことはまちがいなく、しかしそうかといって着物柄物の流行り廃りを眺めるような感じで私の動向について「ああ、今年はそうきたか」と気にもとめない人に対しては、今度ばかりは分からないぞ、とその油断を戒める意味合いも込めて、いつも以上に熱心に天体の研究に耽り、よもや今度こそは、という一抹の危惧を与えたいなどとも思うこの頃である。


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2014年06月13日

五月雨組曲、針を落として

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五月雨どきともなると黒々とした森の中に住まっている
童話ワールドの心細き主人公の暮らし。
世界の薄暗さがいつもいつもで、飽きがくれば天晴れ五月晴れの本日。

テレビをオンすれば童話の森から世界蹴球戦争へと一挙にムードはシフトして、
蹴鞠報道の夥しさにこれもひとつの熱中症かと水道水をひた飲みて応戦。

この戦争よ、早く去れ。
心に思うも口には出さず、鍋で豆腐を煮込みつつ南米料理の味わいなどを思う。

たまの日曜。
なにするあてもなく日曜。
雨粒と屋根とで作曲されゆく即興インストゥルメンタルは、
誰の人生も誰の半生もぜんぜんちっとも含まずにしかも無料である部分が多いに安楽。
放っておくといつまでも聞く。
そうかといって毎日はいけない。
聞きすぎてはいけない。

日曜以外は五月雨組曲のレコード盤を棚にしまって、
職業従事という旗を手に行進曲の音量をおらおら上げねばならぬのだ。

わかってはいる。
わかってはいるのだー。
そこが密であり壺でありマヌカ・ハニーであると思う。

勤め先に健康不良を訴えた舌を折りたたんで屋敷の戸締り。
ただよう霧の中、工房に出かけてろくろを回す。手動で回す。
どんぶり茶碗をいくつか形成。
我がワールドカップここにあり。
である。
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2014年06月02日

こんな夢の島に暮らそうか

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1年ほどかけて、少しじっくりとドライブをした。
車はニッポンレンタカー。
私ははじまりから終わりまで、ずっと助手席に座っていた。

ときどき炭酸水を口にふくんでは、窓の外の世界を眼の中に移した。
景色はなかなか流れてゆかず、そうかと思うと一瞬で走り去った。
過去にも未来にも道はまたがって、現在地点はほかでもない、鉄とガラスと有機物の組み合わさった、小さな、走る私たちだった。

目的地よりも熱心に、走りつづけることの不思議を私たちは思った。
折り重なる道すじと、悠然とした水の流れを渡る見知らぬ橋の長さと、市街地の起伏と、樹木のつくる影の形と、それらを結び合わせている現在という結び目のあまりにも無造作さな在り方に、私たちは時々おごそかに言葉を閉じた。

ゆき過ぎて戻ったら、そこは夢の島、という名前の場所だった。
夢の島。
実体なきものの名を冠したその土地の役割は都市の吐き出し続ける夥しい質量のため息を始末することで、それらの残骸を埋め立てた上に立つ熱帯植物園の巨大さは、どこかその牧歌的な名を固辞するかのように私たちを圧倒し、浅はかな感傷を振り払った。
夢の島。
ここも、きっとこの現在地点も、ずっとそういう場所でありつづけるのだろう。

私がそのことをはじめて言葉に出してみたあとに、そうだねと声が応えて、私たちはその夢の島に暮らす私たちのことをしばし思った。
posted by 2/5、地図書きのゆみ at 16:31| 東京 ☀| Comment(0) | 観(あのときはこうおもっていたようだ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月31日

どうして彫刻や器をめでるのかというと。

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言葉への変換がひどくむずかしい感覚や感情。
あるいは、そこまで強く込み上げてくるものではないけれど、うまく言い表せない、他人への伝達方法が見つからないような、漠然と透明で、しかし自分の内側においてはありありと質量を感じられる「その場所の居心地」や「世界の手触り」のようなもの。

感覚未満の、さざなみが起こる直前の静まり返った湖面のような、かすかな予感をはらんだ、皮膚感覚。
「あ」と「い」の間の、どちらでもない、どちらでもある、そういう音。そういう文字。そういう意味。

それらを捉えては、言葉という枠組みに、論理というフォーマットに、何としても落とし込もうとするのが人間の思考の目的であるならば、それを積極的に行うことで随分と世界はいびつな形に再構築されてしまうのではないだろうか、とそんなことを改めて思い、そしてそれは傍から見れば、錆びた時計を眺めながらぐつぐつと限りなく鍋を煮詰めて焦がしてダメにしてしまうような、泣きたくなるやり切れない出来事に似ている、などとも思い、息が苦しくなって、それで時々ロジックやキーワードや定型文ではとても太刀打ちできないような、人工の鋳型には落とし込めないような、それでいて人工的に作られた、巨大な夢の具象物、のようなものに触れたくなる。

歴史の中でこれまでに費やされた膨大な言葉と同じ分だけ、とりこぼされた世界の破片を掬い上げる手があったことを、ほかでもないこの言葉たちによって大いに感謝しながら、器に触れ、胸像にくちづけるのだ。
posted by 2/5、地図書きのゆみ at 23:33| 東京 ☀| Comment(0) | 観(あのときはこうおもっていたようだ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月22日

笑っちゃうほどカレーがまずいカフェの実在について

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自宅周りはとにかくこじゃれたカフェや雑貨屋が多い。 外を歩いていると3歩おきくらいにおしゃれゾーンに突入してしまう。
そのため土日など外出の折は、「うわーこんなおしゃれな場所に場違いな女がいる!」などと蔑まれないように、そこそこ装いに気をつかわなくてはならない。
(※ただし地元住民らは大抵だるだるに伸びたTシャツなんかで歩いている。気を付けるべきは、わざわざカフェを目当てによその土地からやってくるおしゃれ大好きピーポーだ)

そんなこしゃくな土地柄に住んだ甲斐もあって、素敵なカフェを普段使いできるのはけっこう地味に嬉しい。
落ち込んだ日はカフェに行けばいい。
むしゃくしゃした日もカフェに行けばいい。
恋人と連絡がとれない、
借金で首が回らない、
わき腹がしくしくと痛む、
耳から変な汁が出る。
そんなときもどんなときも、僕が僕らしくあるために、とにかくカフェに行けばいいのだ。
ビバ・日本!平成のカフェー文化よ!!
ばばん。

そんなわけで、日常の憂さを取っ払い、心身をリフレッシュしてくれる癒しのリセット・ポイント。
つい半年ばかり前まで、私はカフェをそう捉えていた。
そう、あの店に出会うまでは。

私の住む街の駅前にそのカフェはある。
こうしてこれを書いている現在もまだある。存在している。営業もしている。
潰れないのが七不思議というくらい、カレーのまずいそのカフェ。
メニューを見ると、飲み物が数種類とごはん系フードはカレー1品のみ。
勝負に出ている。

そんな「カレーは自信満々ですから」感に満ち満ちたその店で、私はなかなか抜く機会のない「度胆」を抜いた。抜かれてしまった。
(どうでもいいですが、「どぎも」ってすごい響きですね。NTTドギモ、とか会社があったら、すごく電波が強そうです。)

それがあまりの不意打ちだったために、店主が衝立のすぐ向こうに控えているであろうその座席で「なんだこの夢のようにまずいカレーは」という素朴な驚きを隠すことができず、ついついダダ漏れにしてしまった。
口にスプーンを運んでは、その皿の味がすみずみまで均等な「まずみエキス」で満たされている事実を確かめるように、私は「まずっ」という反射的な一言を幾度も幾度も口に出して繰り返したのである。

ぱくっ
まずっ
ぱくっ
まずっ
ぱくっ
うう・・・まずい・・・・

お百姓さんに悪い悪いと思いながらも、礼儀正しい私は完食せずに店を出た。

思えばそれは、「カレーを目指してこれほど本格的にまずいものを生み出せる店があるなんて、逆にすごい」的な新記録の樹立であった。

とにかく目を見張るまずさ。

怒りや落胆を通り越して、私はむしろ嬉しかった。このおしゃれな街には到底釣り合わない、驚きのカフェがあるというその事実が。
しかし喜びに反して、ハートとボディは確実にダメージを喰らったようである。
楽しいひとときを単体でぶち壊すほどにまずさの際立った料理。
それはもはや肉体と精神の両方面における暴力と言えよう。

ともあれ、人間外堀が埋まっている状況に置かれると引っ込みがつかない。
皿の上にのせられた、かつてないインパクトを与えるそのメニューを前にして、ひとくち食べてやめる、という大人の英断が私は下せなかった。
自分も人としてはまだまだ。しかし、それもこれもあのカフェが悪い。

ちなみに駅名と「カフェ」のキーワードでネット検索すると、その店についての記事がおらおらと出てくる。
「おしゃれでいい感じの時間過ごせますよ」的な雰囲気を、そこはかとなく匂わせながら。
posted by 2/5、地図書きのゆみ at 22:58| 東京 ☀| Comment(2) | 観(あのときはこうおもっていたようだ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月20日

人生は器、底は抜けている。

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●「パシフィック・リム」を観に行く。

連れも私も3Dは苦手なので、2D字幕版を上映している劇場を探して。
都内だと3D版上映の劇場がほとんどで、立体メガネをかけずに鑑賞できる映画館を探してたどり着くと満席です、とぴしゃり女の切符売り。嵐の中わざわざ新宿都心部までびしゃびしゃ参上した我らにそんな死亡宣告はだめだろうが、女。と思うが早いか、その日の上映はその一回きりだという追い打ち的な事実まで判明。
どよーん。
いやだよいやだよ今更ガッチャマンとか映像未満の代物に金払ってストレスためて帰るなんて絶対いやだよと思っていたらスマホ。連れが懐からおもむろにスマホ。無目的な利便性の追求を厭う傾向にはありますが、こういう窮地を救われたら感謝するね、スマホ。

無事に銀座で2D字幕版のリム鑑賞。あまりの出来のよさに酸欠寸前、かかとは靴擦れ、カロリー不足でパエリヤ完食。久々に映画のパンフレットを買ってしまった。緻密に大胆に、決してやりすぎていない演出が、観る者の五感にさりげなくフィットし、作品とのシェイクハンズを心地よくアシストしてくれる良作だった。しつこく誘ってくれたパシフィック・映画・ファンの知人に感謝。

●人生に普遍的な意味などないということは、当たりまえだと思っていた。

こないだ知り合いと話していて、「人生って無意味だよね」って言うと怒り出す人とかいるんですよーとかいう話を聞いてビビった。
ひえー、である。

つまりそういう人は人生には意味があるに決まってる!と思ってるから怒ってしまうわけで、その「人生には意味があるっしょ!」という一見ポジティブな発想を信じて疑っていないらしい。

まあ、ほかの人のことまで決めつけるのはおこがましいけれど、自分の人生や人生一般に限って言えば、それは本質的に無意味なものであって、何か意味を持つことがあるとすれば、それは誰か他人にとっての意味なり、影響なり、という形で現れうる代物だろうと思っている。
だから「少なくとも私の人生には意味がないし、誰の人生にも意味がある、なんて決めつけているあんたは神か?」的に腹が立つし、そういう浅はかなキャッチコピーを考えなしに信じている人間の精神的な怠慢と善意でコーティングした思い込みの押しつけにはまったく辟易してしまう。

そもそも人生の意義・意味・目的、みたいのが手離しに「これだ!」と定まっているなんて、なんだか変じゃないだろうか。
だって皿は料理を盛るためにあるわけだし、ハサミは紙とかをチョキチョキ切るためにあるわけで。
だったら人生も何かを盛りつけたり、チョキチョキするための道具なの?と聞くと、そりゃあ幸せになるための人生に決まってるじゃないか、とか言う人もいて、じゃあ幸せ(幸せという言葉も漠然と便利に使われすぎてて、その使われ方が個人的には非常に気に入らないのだけれど)って状態に着地できない人間は人生という道具の使い方を間違えたってことなのかい?とちょっと突っ込んで聞きたくなる。だいたい人生を失敗とか成功とかで測量することも野暮であるし、そのとき使う物差しに「幸せ」とか「不幸」とかスライムみたいに適当な概念を持ち出すんじゃないよ、誰が決めてんだよそれはよ、とか。
(ああ、カルシウム不足かしら)

そもそも意味や目的があるものって、単なる道具にすぎないんじゃないだろうか。それよりも、意味や目的が備わっていなくても存在が許されているものの方が価値としては上なんじゃないかなぁ。
つまり、人生に意味がない=人生に価値がないってことではないと私は思うんだけれど、やっぱり言葉にまどわされるのか、「意味がない」という表現の響きに条件反射的に反発する人は多くて、「意味がないにも関わらず、我々は生まれ、ここにいる」というそのことの意味をもっと考えてみたら?とかそういうことを最近よく思う。

●ナイチンゲールの愚痴を聞く宵。

今年から看護師デビューを果たした友人と三年ぶりに再会。
お互い離縁を経験した者同士、三十過ぎた独り身の女がこれからどうやって生き延びていったらいいか、などという世知辛い話はとくにせず。
看護師業界の体育会系文化について、いろいろとこぼれ話をこぼしてもらう。
シャンディガフ2杯、コロナ1本、レモンビールおかわり。
何とかの盛り合わせをもりもりと食べる。

聞けば朝は5時起きで始業時間の1時間前に出勤。夜は基本的にサービス残業。自宅に帰ってからはレポート作成、毎日提出。聞いているだけでハードな毎日を送っている彼女だが、私の眼には三年前より力が抜けて、居心地が良い奴になっていた。その毒の抜けたやわらかな表情にすくなからず私は安堵した。

三年前の彼女の離縁のごたごたの折は、私までなんだかつらかった。
混乱とショックに加えて、未来のビジョンがあれよあれよと崩れ去り呆然としている人間の背中に、気の利いた言葉をかけられるほどには私は人生を知らなかった。
自分が離縁を経験してみて、あの時の彼女のすみずみまではやはり私には理解も配慮も及ばなかったなと、時々考え顧みるのが最近のことであった。

しかし、そんな時期を乗り越えて、いま私の目の前で飄々とグラスを空にしていく彼女の横顔は、自分にとって何よりの景気づけとなってくれた。その楽天的なあきらめと現実的な内観が、もとから賢く生真面目な彼女の新しい魅力としてキラリ眩しく心を射る瞬間が幾度か訪れた。
助け合うとはこういうことか。
言葉で励ますでも、慰めるでもなく、背中や横顔を見せあうことで救われるような。
めずらしくその晩は、人付き合いというものをわりと愛おしく思った。
不器用ながら、誠実に自分らしく生きるために努力するナイチンゲールのおかげである。
posted by 2/5、地図書きのゆみ at 15:16| 東京 ☀| Comment(0) | 観(あのときはこうおもっていたようだ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月13日

純粋電車行為におけるタブー

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通勤電車に乗っていると不思議なのだ。

本を読んだり、音楽を聴いたりしている人間はいくらでもいるのに、
風呂に入ったり、熱心にラジオ体操をしながら電車に乗っている人間
というのはまず見かけない。

また、
ガムを噛みしだく・飴玉をなめ溶かす・ペットボトルのお茶をちびちびやる、などなど。
飲食行為はありふれた光景であるが、しかしそうかといって
車内でスパゲッティナポリタンや軍艦巻きを食べ始める人間は稀有であり、
もしそういう人がうっかり車内にいようものなら、
我々は「なんて非常識な人だ」とビックリしてしまう。
ナポリタンや米の上に盛られたイクラたちだって
「こんなところで食べられている」と好奇の目にさらされることは間違いない。

新幹線など長距離移動の路線はまた話が変わってくるが、
あれは移動そのものが旅行だったり出張だったり何かしら純粋な
移動手段とは異なる、一種のエンターテイメントもしくは休憩時間
だったりする場合が多いので、
単なる通勤電車とはまた別の尺度ではかるべきテリトリーとして、
今回検討すべき対象からは除外したほうがいいだろう。

さて。

電車移動を純粋行為として定義した際に許される
付帯行動というのは、一体どこで線引きがなされているのだろうか。

飲食ひとつとって見ても、食べていいものいけないものがあり、
そのよしあしは個々人の許容範囲によって多いに変わってくる。

クッキーはいいけどケーキはいけない気がする。

ではマドレーヌはどうか。

むずかしい問題だ。

ある役者(佐々木さりえ)が言う。

「それは緊急性の問題っすよ!」

さりえいわく、
ある時、電車内でおにぎりを食べているカップルがいたらしい。

おにぎりとかウィダーインゼリーとか、ああいう携帯食はまだ
食べてもOKだという気がしなくもないが、
その時のカップルどもがまるで公園で2人で楽しいピクニックみたいな
「はいあーん」的な感じでおにぎりを食べていたのを目の当たりに
して、
「こんなところでおにぎりか!!」という腹立たしさが込み上げてきたというのだ。

「やつらは、こともあろうに楽しんでいたんですよ!」

つまり、電車内での飲食がお楽しみであってはちょっとまずい。
周りの乗客から反感を買うというわけだ。

エネルギーを補充しないと倒れちゃいそう、
そんな差し迫った状況であれば電車内での飲食もやむを得まい
という暗黙の了解があるのだろう。
ただし、その黙認にもそれなりの「ポーズ」が求められる。

「忙しいんだよねぇ、この電車降りてすぐ走り出さなきゃならないんだ」

「寝坊しちゃって朝ごはん食べれなくて。だからちょっと今から小腹に入れます。」

やむを得ず感!

これが大切だ。

たとえば、電車の中で化粧をする女性はとかく非難の対象になるが
あれだってもう化粧しないと目と鼻と口の区別がつかないとか
そんな状態であれば誰もとがめ立てはしないだろうし、
シャンプーしながら乗り込んでくる人間がいたって、
電車よりも長い頭髪を抱えていれば、ああ家では終わらなかったんだなシャンプーが。
と温かい目で見守るのが人情なのだ。

つまりは思いやる心。

そんなところまで思いやってられないよ、という「思いやり限界地点」に
電車内の国境線は引かれている。






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2008年03月12日

なんと愚かな人間なのだ。

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稽古場でご飯休憩中に、断食の話が出て思い出した。

そういえば。

私はかつて、たびたび断食を行なう少女だった。

一番さかんに実践していたのは、ヨガと瞑想にはまっていた中学生の頃。
水分のみで五日間過ごすという、当時としてはかなりの苦行に挑んだ記憶がある。
(もちろん今でも苦行には違いないが)

断食を行なう際に何よりも大事なのは、食べない期間よりもむしろ「食べ始め」をどう始めるかで、断食中はもうあれも食べたいこれも食べたいと食べ物のことで頭がいっぱいになってしまい断食明けにはがっつり高カロリーなものを浴びるほど食べてお腹を破裂させてしまいたいなどと妄想したりする時間もやってくるのだが、長いこと水分しか与えていなかった胃袋ストマックンに断食前ふつうに食べていたような塩分塩分油分糖分、刺激物まみれの世俗の食べものを流して込んでしまうと油断していたストマックンがビックリ仰天ひっくり返って痙攣起こして殿中!殿中!などと色々たいへんなことになりうるので、おかゆとかおもゆとか水だか米だかよくわからない物体から口に入れてふやかして、断食で洗い清められた天上界の胃袋をしゃがらもない下界の味にふたたび慣らしてゆくという段階的な手続きが必要なのである。

図書館で断食本を読み漁ってはそういった注意事項をしっかり了解していたのにも関わらず、断食中にまんまとカツ丼が食べたくなり夢にまでカツ丼十字軍がずんずん行進を重ねて休憩中のエルサレムに佇んでいると断食明け。すずやかなる20世紀の記念すべき朝食に母が何を食べたいのか娘よなんて尋ねるものだからそりゃもうカツ丼だよ母上!カツだカツ!止めても無駄なのよあたしカツ丼と結婚するわ!とかなんとか強気で高らかに宣言してしまうのが人情なわけで、やさしい母は娘の体を案じながらも山盛りのカツを丼に皿に出し供じてしまうそれが家族愛なのであった。

断食を行なう際に何よりも大事なのは、
食べない期間よりもむしろ
「食べ始め」をどう始めるか
なのである。

そういうわけで、五日間の断食明けにいきなり私はカツ丼を食べた。

すると腹部に尋常でない痛みが走り、半日近く激しくのたうちまわることになった。

断食って苦しいものだなぁと、身をもってそう実感したあの日。

「人間とはなんと愚かしい生き物であることよ」

そんな憂いもまた、若干13歳の私の胃粘膜を切なく絞り上げるのであった。


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2008年02月15日

宇宙折り紙センター

Image769.jpg

科学雑誌「Newton」によると、

「宇宙は5次元で構成されている」

という説が、最近有力らしい。

おお!
この世界が5次元でできていたとは!
なんとなんと!

驚いてはみたものの、
しかし具体的にそれがどういう状態なのか
解説を読んでもさっぱりわからない。

記事を読み進めていくと、スイスかどこかの研究所で
その第5の次元が存在することを実証する実験が行なわれていて、
(物体と物体とを衝突させて、その衝突によって生まれるエネルギーが
逃げる方向を追跡。
その逃げた方向というか、エネルギー空間が何かを確かめることで、
5次元空間を構成する要素が何かを確かめる、みたいな実験。)
数年内にはその結果が出るとか出ないとか。

その実験の結果如何で、5次元を構成するものが何か分かるそうだ。
なんだか凄い。

それにしても、この世界が5次元空間だとすると
そこで暮らしている我々がこの世界のどの部分が5次元を
構成する要素か知らずにいるというのが面白い。
もしそれが、磁力とか重力的な目に見えないエネルギーのようなものだったとして、
5次元なる次元があると実証された暁に、
「あ、これ5次元」と我々が日常的に気づくことはできるのだろうか?

そこで、「Newton」を読む。

「Newton」いわく、
5次元というものは、我々の住む3次元空間に折りたたまれて
存在しているらしい。

「折りたたまれて」
というのは、
「存在として確かにあるにはある。
けれど、それが人間には認識できないような形で存在している。」
という内容の比喩的な表現だ。

たとえば、
人間の目には直線にしか見えない糸を
蟻のような小さな生物の視点から見れば、
その糸は平面、もしくは立体として認識される。
つまりは、我々人間が1次元としか捉えられないものの
中に、2次元ないしは3次元が「含まれている(折りたたまれている)」
という可能性を示唆しているのである。

話を総合すると、
どうやら、その折りたたまれた部分を「これだ!」
と指摘するのは難しそうだ。
そして、5次元だろうが100次元だろうが、
その事実が分かったところで
実際の我々の日常生活においては、何かが大きく変わるわけではない
ということになる。

それにしても、

「折りたたまれて」

実は今日は、この「折りたたむ」という言葉が
私の心の地引網にひっかかってこの文章を書いている。

というのも最近、我が家の敷布団と掛け布団の間には
宇宙空間が出現するのである。

その証拠に、靴下を履いたまま布団で寝ると
朝には両足の靴下が行方不明になるという事件が頻発している。

ブラックホールのしわざだ。

まさか家の中に宇宙が、と笑い話にするつもりだったが、
「Newton」の記事を読んで、はっと思い当たった。

ひょっとして、我が家には布団状に宇宙空間が折りたたまれて
存在しているのではないだろうか・・・。

そう考えると説明のつくことが多い。

昼間は押入れに収納され、認識外に追いやられている宇宙空間が
夜になると睡魔に呼ばれ、掛け布団と敷布団の狭間に、薄平たいプレート状で出現する。
眠気に支配された人間の視点から見ると、
布団内はただのくつろぎスペースではなく、
そこに地球外の空間を内包する「N+1」次元空間なのだ。

そして、暗黒世界で消失したソックス1号2号は
やはり今夜も宇宙のどこかを漂っているに違いない。

それにしても、いったいどこのどいつだ!
宇宙を折りたたんで、うちの押入れにしまったやつは。

5次元空間の存在が証明されるまでには、
宇宙折りたたみ犯の犯行についても、その余罪を追及したいと思っている。




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2008年02月14日

座席界の流儀

takoyaking.jpg

喫茶店やレストランで、たびたび挫けそうになる自分である。

たとえば店内がすいていると、
「お好きな席にどうぞー」
などと、入店するや間髪入れずに店の者が声をかけてくる。

これがいけない。

「お好きな席」とは一体どういうことだ。

そもそも、初めて入った店の座席配置に、
個人的な好き嫌いや思い入れなどあるわけがない。
それぞれの席には素人がパッと見ただけでは分からない
深い持ち味があるはずだ。
一見居心地が良さそうなのに、
いざ腰を落ち着けると何ともソワソワと寛げない席もあろうし、
小狭く虐げられたような拷問ブースが、
座すれば王座のごとく安楽悠然と感じられる場合も多々ある。

座って初めてわかってくるのだ。
自分にとって好ましい席かどうか。
それが座席界の難しさ。
一筋縄ではいかない。

まして自分はその店の部外者である。
つまり、まだ店内のいずれの座席においても
時を過ごしたことのない「座席素人」であるわけだ。
それにも関わらず、
「あの席は勘弁してくれ」だの「こっちの席に座れなきゃ死にそうだ」などと、
そんな食わず嫌いな先走った思い入れで態度を決めるというのは、
いささか軽率であろう。

考え合わせると、ここはやはり自分の素人考えなどは当てにせず、
その店の酸いも甘いも噛み分けた店の人間に判断を預けるのが
妥当だという結論にいたる。

それなのに、である。

「お好きな席にどうぞー」

一体どうしたらいいのだ。

好きな席も何も。
座席の良し悪しは先に述べたように、一見では判断がつかない。
第一、この店のことは、
私よりもあんたのほうがよく知っているはずだろう。
しかるべき席に案内をしてくれまいかと期待する。

「空いているお好きな席にどうぞー」

入り口でまごついていると、店の者は更に選択の幅を狭めてくる。
しかも、その狭め方が謎だ。
「空いているお好きな席」である。
「空いている」席の中から選ばなければならないことなど
重々承知している。
それとも私が血迷って、
すでに他の客が座っている席に座りたがるとでも思っているのだろうか。

考えるほどに分からない。

いったいどうしたらいいのだ。

直感か?

直感やフィーリングで、
一目散に着席することを求められているのか?

それならばいっそ、
「適当にさっさと座ってくださいよ直感で。どうぞー」
とでも言って欲しい。

ううむ。

posted by 2/5、地図書きのゆみ at 17:32| 東京 ☀ | TrackBack(0) | 観(あのときはこうおもっていたようだ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月02日

「新年」という仮説

yellow sub.jpg

そもそも「新年」とは何か。

漠然と考える。

「新年」

「新しい年」という意味ではあるが、
では昨日までと何が新しく変わるかと問われれば
何も変わらない。

使う暦の数字は新しくなるが、
その他のものたちは、むしろまた日一日と古くなる。
靴下は色褪せ、セーターには毛玉が。茶碗もまた欠けるだろう。
人間もしかりだ。
刻一刻と年をとっていく。

そもそも時間には「新しい」も「古い」もない。
「新しい年」などという呼び名もまた言葉の綾だ。
では「新年」とは何か。

「新年」とはひとつの儀式であり仮説である。

または、
ついさっきまでの時間を「過去の出来事」として括り、
忘れ去るためのリセット装置だ。

そして、
忘れ去る、つまり捨て去る行為というのは同時に、
「何を手元に残すか」を無意識的に選択する行為でもある。

忘却の品々を手離したあとに、
さてと自分の手のひらをひろげれば、そこには何もない。

重荷を下ろすことができた安堵と、
同時にどこかすがすがしいような、
空虚な気分を味わう。

時間に抗えない「物」としての自分を受けとめながら
しかし、その有限の時間の中でこその可能性を
洗いなおす。

時間という音楽の中では、踊り手だけが老いさらばえてゆく。
けれど、その一小節ごとに名前をつけて、気分を新たにしていく
というのは、美しくよくあろうとする人間の知恵だ。

「新しい時間が始まる」
この仮説を立てることで、
導き出される解と我々は向き合うことができる。

それが「新年」という名づけの本懐なのではないか、とふと思う。


















posted by 2/5、地図書きのゆみ at 18:38| 東京 ☀ | TrackBack(0) | 観(あのときはこうおもっていたようだ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月15日

髪結い屋での骨折指南

roma.jpg

年の瀬なので、身だしなみを整えておこう。
そんな思いを胸に、青山の髪結い屋へとおもむく。
さっぱり気持ちよく新年を迎えようというたくらみだ。

かつては芝生に見立てて短く頭の毛を刈っていたが
短髪というのは、散髪代や整髪の手間暇を考えると
なかなか不経済なもので、
丈が短いから手もかからず楽であろうという魂胆は
日々まんまと裏切られ続けたものである。
いっそ短髪を止めてみるのもいいかもしれぬ。
まして自分は女子であるからしてどれだけ伸ばし放題にずるずると
長髪をひきずって歩いたところであまり角の立つようないわれもあるまい。
とそんな心境からここのところ、散髪もおざなりに
頭の毛の伸びるがままに任せていたのだ。

放任主義というやつである。

親はなくても子は育つ、とはよく言ったものだが、
念じたわけでもないのに、よく伸びたものだ我が頭髪よ。

この秋冬になって街を歩いたところ、
世間の人が「頭の毛の伸びた人」と自分を目で指差すようになった。
頭まわりの不経済とも縁が切れて久しい。

よし。

ここらでひとつ、パーマネントでもあててみようか。
そして、ついでだから伸びた毛を、何色かで染めていただきたい。

そんなひらめきを髪結い屋の主人に告げたところ
この主人が化け学や何かを習得しているのが自慢らしく
ひどく熱心にパーマネントや染髪の仕組みを私に説いて聞かせる。
これから私の頭の毛が施術によってこうむるであろうダメージを
肉体の損傷に例えて、次のような口上を述べるのだ。

「カラーリングは、たとえるならすり傷。
ちょっとひざ小僧ザリザリっとやって血がにじんじゃった!
まあ、そのくらいのダメージなんだねぇ。
絆創膏でも貼っとけば気にならなくなっちゃう。たいしたこたない。
そこへいくと!
パーマは骨折だよ。
骨をボキボキボキーっと折っちゃうの。
まっすぐな骨を熱の力で無理やりにこう、どうだどうだってヘシ曲げて、
その折り曲げた状態を薬でもって漬けて固定するっていうのが、
パーマなのだねぇ。
そしてパーマもカラーリングも、
あんまり頻繁に繰り返してやりすぎると!
たいへんなのですよぉ。これがまた。
度重なるダメージに耐え切れなくなった骨が
内側から破裂しちゃうんだっ。なんとなんと。
この状態が俗に言う枝毛ってやつだぁね。」

説明としては分かりやすい。
しかし聞いているだけで血の気がひいてくるぞ。
もっと別の言い方をしてくれてもよさそうなものを。

髪結い屋の起源が病院であることを思えば、主人の先のような口上も
なるほど場違いとは言えぬかもしれぬが、私が問題にしたいのは
この主人が、私がパーマネントを所望しているのを承知の上で
なおおどかすようなたとえ話をして楽しんでいる節が見受けられることなのだ。
そしてまんまと主人のおどかしに乗せられて、
骨が破裂しないように骨折させてくださいなどと懇願している自分なのである。




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2007年09月03日

今晩は。UFOシティ

UFOcity.jpg

UFOシティのことは以前からよく知っていた。

円盤の離着陸のほかにも、
温水を汲み上げて都市生活者に提供する施設(ラクーア)で
有名だったし、
ほかにも英雄(ヒーロー)と呼ばれる人々が
「惑星を守る」という名目で、複数名で殴ったり蹴ったり
「なんて卑怯なやつ!」と相手を非難するようなやり取りを見せて
生計を立てていることはよく噂にのぼるからだ。
しかし初めて訪れる人々は、
彼らのことを惑星人(スターマン)だと間違えてしまうようだが、
全身がピカピカした素材で覆われていて素早く動くものが
すべて惑星人(スターマン)であるとは限らない。
本物の惑星人(スターマン)を知る者からすれば、
英雄(ヒーロー)と呼ばれている人々は
まったくもって似て非なるものだ。
彼らは惑星人(スターマン)のような特殊な能力
(例えば時間を巻き戻すといったこと)を持ち合わせてはいないし、
質量・移動スピードに関してもまた、
惑星上の並のものたちと大差ないのだから。
第一、「生計を立てる」などということが
果たして惑星人(スターマン)にとって
何か意味をなすことであるはずがないではないか。
考えてみればすぐにわかることの一つだ。
ホワイエ。

点在する他のシティ同様に、
UFOシティにおいても
過去に地球上で作成された神話や物語の世界観を模した
食料給仕センターが立ち並んでいる。
人々はそこで前時代の習慣を懐かしみながら、
食料チケットと引き換えに、
酵母菌と水とわずかばかりの穀物粉を手に入れて、
配られた皿の上に「噛むための炭水化物」(カーボン)を組み立てる。
テーブルに備え付けられたタンクの蓋の部分に親指をあてると、
体温を読み取ってしかるべき温度
(心臓にかかる負担が最小限に抑えられる)の飲料水が
不透明でくぐもった音しかしない筒型の容器に注がれるが、
そのたびに、我々はガラスや石油プラスチックが
日常的に使われていたあの時代のことを思わずにはいられない。

「シャンパングラスをぶつけ合うと、
 そこから小さな妖精の羽音が一緒にこぼれ落ちてくる。
 その音ときたら・・・なんて素敵な。シャリンシャリン。」

失われた時代のものたちはすべて光り輝いている。

ホワイエ。

UFOシティの集合居住地に暮らす少年。

UFOシティに移住してから、円盤の離着陸に合わせて
すっかり身体のあちこちが変色してしまったという。
視線の奥が見えないほど黒く染まった瞳は処置の仕様がないが
よそへ行く際には頭髪の色を薬品ですっかり落とすつもりらしい。

神経に働いて思考を鈍くさせる飲み薬をセンター員が運んでくる。
若干の苦味と炭酸が含まれているせいで飲みにくいが、
食欲を出すために欠かさず飲むことにしている。

広場では、また円盤が着陸するらしい。

太陽がなくなる前は、
しばしば季節に応じて用いられていたという
黒眼鏡(サングラス)も、今は円盤用として売られている。
私がそれを取り出して額に装着すると、
うんざりした顔でしばしそれを眺めたのち、
少年は変色した黒い眼で広場のほうをちらりと見てから、
何も言わずに飲み薬のおかわりを頼んだ。

UFOシティには何故かこういう人々が住みついている。

ホワイエ。





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2007年08月25日

其処は結界の内側か外側か。

lakeside.jpg

たまに田舎に帰ると凄い。

まず驚くのがコンビニの独立感。

東京だと他の店と店の間に埋め込まれて
風景の一部にすぎないコンビニが、
田舎では城のごとく異様に目立っているのだ。

その要因のひとつに、
「田舎のコンビニの背景は山と空」
ということが挙げられる。
都会ではまずありえない眺めである。
しかも、店の入り口のみならず、
建物全体、倉庫部分やバックオフィスの無防備な側面までが
ぐるりとむき出しなのだ。
カウンターが透明でマスターの下半身が丸見え的な
あられもない気分になってしまう。
見ているこちらが恥ずかしい。
どうにかならないのか。

また、乗用自動車の普及率にも目をみはる。

大人に関してはひとり一台は当たり前であるし、
下手をすると小学生でも乗り回している地域が一部あるという。

公共交通機関の網の目からこぼれ落ちた地方では
自家用車というのが生活を営む上で欠かせないものらしく、
うっかり事故でマイ自動車が故障でもしようものなら、
切れた電球やくたびれた歯ブラシを買い換えるのと同じノリで
新しい自動車を購入しては家の車庫に収める。

どんなに短い距離であっても
ほいほい時速数十キロで移動するのが標準なのだ田舎では。
歩くという選択肢はないのか。
縄文時代の人間にしてみたらたまらないではないか。
いや、縄文時代までさかのぼらずとも、
普通免許も持たず二足歩行をこよなく愛す都市生活者にだって
ついてゆけない文化である。

人間が座したまま高速移動している地方社会。

注目すべきはその舵を、
座した人間その人が握っているという事だ。
ちょっと近所にビデオを返すために車を出動させる。
そのとき見ていたビデオが「TAXI」ばりのカーチェイスもので
運転手が影響されやすい性格の人間だったら!
これはもうひとたまりもない。大事故につながる。
高速移動の裁量権は、思慮分別のあるバス運転手さんや
車輌乗務員さんにゆだねるがよいではないか。
彼らはそれが仕事なのだ。
生活かかっているから真剣なのだ。
それじゃ駄目なのか。

地方だけではない。
東京だってそうなのだ。
自家用車は便利だが便利なのは自家用車ばかりではないのだ。
「車走らせてガソリンを使うなら
乗る人間の食べるものを減らすくらいせねば
地球資源はたちまち枯渇するぜよ。」
と、ガソリンの女神ジョンソンがマホメットに告げた話は一部でとても有名なのだ。

まったくもってたまらない。

興奮して、バカボンのパパみたいな語調になってしまった。

とは言え、上記二点はまだ序の口である。

情報化社会だのIT革命だの明治維新だので
都市と地方間の情報格差は近年なくなりつつあるのだ、
という何となくの認識をこの夏は大きく覆された。

それもそのはずで、実家の戸を叩くと、
茶の間で父が「セレブ」という単語を
広辞苑にて必死に捜索していたのである。
これには参った。
父の求める回答は、広辞苑にはまだない。
しかも結果的に父は
「セレブリティ=社交界の人々」という
間違ってはいないが求めるところとは微妙にずれた結論を得たのち、
疑問の発端となったテレビ番組に
その逐語訳を適用しては首をひねっている。

ジャストフィットの回答を父に誰か。

わたしにはその力がない。







posted by 2/5、地図書きのゆみ at 23:59| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 観(あのときはこうおもっていたようだ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月03日

どっち側を作る言葉。

graph.bmp


慣用句や慣用的な言い回しってありますね。


「お名前を頂戴できますか?」って言い回しは

日本語として間違っているそうで、

仕事の研修とかで敬語レクチャーを受けていると、

たいてい注意されます。

そういう時に講師の方は、

したり顔でこう言うのです。

「だって考えてみてください。

   相手のお名前を実際にもらうことなんてできないでしょう?」

うーん。

あんたこそよく考えろよって思うのですが。

「頂戴する」ってのは、

ようするに「聞く」っていうのを丁寧にした表現なんじゃろ?

慣用的な表現なんじゃろ?

そんなこと言ったら、

もっと現実的じゃない言い回しが死ぬほどあるだろうに。

「クビを切る」とかさ。

実際にそんなことする奴はいないわけでね。

現実にするしないで考えろって理屈なら、

じゃあ「クビを切る」っていう言葉は

首狩り族しか使っちゃいかんのか?

って話になるわけですよ。

「手を貸す」とかもさ、

この場合は「手」っていうのは「手助け」って意味であってね。

言葉の意味を限定的に捉えすぎるのは、危険じゃないかと思うわけです。

最近じゃ、身障者に配慮して、

「足を運ぶ」って表現がNGの媒体とかもあるのです。

足のない人は足を運べないから、という理由で。

なーんだか、そういう安直な気遣いって、

偽善的でつくづく胡散臭いなぁと思うわけです。

腫れ物扱いっていうかね。

言葉とか、わかりやすくて表面的なところをきれいにするのは、

結構ラクなんだと思います。

でもそのことがもたらす効果って、

きれいにしたい側の自己満足なんじゃないかと思うわけです。

たとえば、足のない人を気遣って、

「足を運ぶ」を排除することで、

気遣っている側と気遣われる側っていう立場がより歴然とするし、

歴然としたものっていうのは、

要するに両者の間にある優劣に対する自覚に

他ならないわけです。

問題とすべきは、その意識なわけで、

言葉の規制って、優劣ありますって明言でしかなく、

本質的にはやりたいことと逆の結果しか生んでないんじゃないかと

感じるわけです。

ほかの人はどうか知らないのですが、

偽善の矛先を向けられた時に、

私は憤りを覚えるので、

「お名前を頂戴する」

という美しい日本語を

使い続けてゆこうと決意するのでした。




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